君をひたすら傷つけて
「まだ、決めてないの。日本に帰っても仕事があるとは限らないから、今は仕事が軌道に乗っているフランスが有力かも。でも、まだ決まってないの」

 お兄ちゃんは私の言葉を聞きながら、また息を吐く。真剣に私のことを思ってくれているのだろう。だから、言葉を選んでいる気がする。

「そうか。もし、仕事のことで日本に帰ってくることが障害になるなら気にしないでいい。雅が日本に帰国して仕事をするなら力になる。だから、帰りたいと思ったら帰って来い」

「え?」

「これでも日本で一番大きいと言われるプロダクションに勤めている。雅が帰国するなら、ウチの社長に相談すればどうにでもなる。フランスで実際にスタイリストのアシスタントをしていて、専門の学校にも行っている。そんな人材が仕事がないとか心配しないでいい」

 芸能プロダクションとスタイリストの仕事は切っても切れない関係にある。お兄ちゃんが勤めているプロダクションは業界でも顔が効くのだろう。ありがたいと思った。私の選択肢が狭まらないようにとのお兄ちゃんの配慮に感謝した。でも、そこまで甘えてしまうのに躊躇する私がいる。

「ありがとう。自分で頑張ってみて、駄目だったらお願いする。その時はよろしくね」

「雅らしい」

 お兄ちゃんはそういうと穏やかに笑ったのだった。そんなお兄ちゃんの顔をずっと見ていたいと思う私がいた。お互いに違う場所で時間を過ごしたとしてもこんな風に重なる時もある。その瞬間にあの日に戻っていく。

 義哉がいて、私がいて、お兄ちゃんがいて。病気のことはずっと心配だったけど、それでも幸せだった毎日。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「会いに来てくれてありがとう。嬉しかった」

「俺が雅に会いたかった」

 お兄ちゃんの意思の籠る言葉に…心臓がチクリと痛んだ。
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