君をひたすら傷つけて
『雅。今いい？』

　躊躇いがちに耳元で囁かれた言葉に私の心臓が跳ねた。少しの期間しか日本には行かないのにアルベールと離れる寂しさを感じていた。

『今、帰ってきたところなの』
『今まで仕事？明日から日本なのに？』
『もう少し早く終わらせるつもりだったけど、今まで掛かったの。アルベールはもう終わった？』
『俺も今、帰ってきたばかり』
『お互いに忙しいね』

『あのさ、雅。今から俺の部屋に泊まりに来ないか？明日は俺の車で空港まで送る。少しでも一緒に居たい』

　リズは仕事で泊りがけで荷物をすでに日本に送っている。簡単な手荷物一つで明日の昼に空港に向かうだけの状態になっていた。どこに泊まろうと何も困らないけど言葉がすぐに出ないほど躊躇してしまったのは私の気持ちからだった。

　私はあの日、アルベールを傷つけている。

　それでも、会いたいという気持ちの方が大きくて、私はそっと、自分の唇を噛んでから、ゆっくりと開いた。声にならない空気が少しだけ漏れ、焦りながらも、それでも自分の心に素直になる。

『私も一緒にいたい』

　電話口の向こうでフッと息を吐くような声が聞こえた。そして、優しくて低い声が私の耳に届いた。

『今から迎えに行く。そのまま空港に行けるようにしておいて』
『待ってる』
『急いで行くから』

　電話を切ると私は天井を見上げた。ソファに座ったままで、今の自分の気持ちに衝動的に答えてしまったのではないかと思いながらも、そっと胸に手を当てると、いつもよりも少しだけ鼓動が速かったこの部屋を出るのは明日の朝に出るはずだったのに、少しだけ早くなってしまった。
< 476 / 1,105 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop