君をひたすら傷つけて
荷解きをしたので、少しは着ることが出来るものも増えていて、私はクローゼットの中からシンプルな黒のワンピースを着ることにした。化粧は最低限に身嗜み程度。これならお兄ちゃんの横に立っても可笑しくないだろう。

 お兄ちゃんと一緒に食事に行くのはフランスで会った時以来。あの時はまだアルベールとは付き合ってなくて、私は前の気持ちのまま、お兄ちゃんに会うことが出来た。でも、今は私はアルベールと付き合っている。

 お兄ちゃんを好きという思いとアルベールを好きという気持ちは違う。そう自分に言い聞かせて私はお兄ちゃんの到着を待っていた。ほぼ、時間通りのお兄ちゃんのメールに私は玄関を出て、エントランスに降りると、昨日と同じ車がマンションの前に停まっていた。

 だけど、助手席には私の知らない人が座っていた。

 違う車かと思って、周りを見回しても他に車は停まっていない。でも、この車の助手席には知らない人がいる。車の近くに立つ私に気付いたのか、助手席の人は私の方を見つめていた。

 スーッとスムーズに車の窓が開いたかと思うと、中から、綺麗な顔がそっと私に微笑みを零している。私が知らないその人は私のことを知っているようだった。

「雅」

 そんな私を呼ぶ声は助手席に座る人の向こう側から聞こえて来て、車の中を覗き込むと視線の先にはお兄ちゃんの姿があった。

「悪い。急に仕事が終わった後に海を送ることになった」

 そんな言葉を響かせたお兄ちゃんの車から助手席のドアが急に開き、中から降りてきたのは端正な顔に穏やかに微笑みを浮かべた男の人だった。

「初めまして。篠崎海です」
< 507 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop