君をひたすら傷つけて
「昨日から高取の様子がおかしいし、今日は用事があるというし、車が渋滞で来られなくなったから軽い気持ちで乗せて貰いましたがいつもの道とは違うし、それに見たことのないマンションの前に停まると貴方が出てきたので驚きました」

「いえ。あの本当に妹のようなものです」

 そんな話をしている私と篠崎さんを車の中からお兄ちゃんの顔が覗く。

「海。とりあえず車に乗ってくれ。こんなところで話していると不味い」
「ああ。確かにそうだね。前にどうぞ」
「いえ、私は後ろで大丈夫です」

「助手席にどうぞ。俺はすぐに降りますから」

 お兄ちゃんの顔を見ると、頷くので私はそのまま助手席に座ることにした。車の中に爽やかは柑橘系の香りが漂っている。その香りにドキッとしてしまう。アルベールの香りとはまた違う爽やかな香りでアルベールとお兄ちゃん以外の男の人とこんな風に一緒に車に乗ったことはなかった。

 助手席に座り自分の膝を見る。何を話していいのか分からないし、頭の中がパニック状態だった。

「名前聞いていい?高取に聞いてもいいけど、本人に聞きたいと思って」

 いきなりの後部座席からの言葉に言葉に詰まる。単に名前を聞かれているだけなのに、緊張のあまり声が出ない。

「海。いきなり話しかけたら驚くだろ。彼女は藤堂雅。俺の弟の友達だよ。ずっとフランスにいて今回仕事で帰ってきたんだ」

「高取が答えるなよ。まあいいけど。よろしくね。雅さん」

 彼は義哉のことを知っているのだろうか?沈黙を破るように彼はお兄ちゃんと仕事の打ち合わせを始めた。そんな二人の会話を聞きながら、彼が深く聞いてこなかったことに感謝した。
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