君をひたすら傷つけて
篠崎海のマンションは都内の一等地に立つもので駐車場に車を回して、地下から部屋に入るようだった。篠崎海は慣れた雰囲気で車から降りるとニッコリと笑った。

「急に送って貰って助かった。じゃあ、雅さん。またね」

 そんな言葉を残して、篠崎海は車を降りて行った。彼が居なくなるとお兄ちゃんがフッと息を零す。少し疲れているように見えた。考えてみれば、私は部屋でゆっくりとしていたけど、お兄ちゃんはさっきまで仕事をしていたのだから疲れたのだろう。断った方がよかったのか思ってしまった。

「お兄ちゃん。疲れたならまた今度でいいよ。日本にはまだ居るし」
「疲れているとかじゃなくて…。雅に気を使わせたと思って」
「驚いたけど大丈夫。篠崎さんは優しい人だったし」

「確かに優しいな。さ、どこに行く?食事はしたんだろ。それなら軽めに飲みに行くか」

 義哉のお墓で胸がいっぱいになってしまった私は殆ど何も食べてない。買い物をした時に何か買ってでも食べようかと思ったけど、そんな気もならず、コーヒーだけで済ませていた。

「お酒はいいかな。明日大事な仕事あるし」
「なら、軽く食べれるところにしようか」

 お兄ちゃんが連れてきてくれたのは小料理屋で穏やかな優しさに包まれるような店だった。店内にはカウンターと小さな小上りがいくつかあり、その小上りには御簾を降ろせるようになっている。その小上りの一つに入ると、私もそこに入り、座るとお兄ちゃんが御簾を下したのだった。

「雅も食べるだろ」

 そういうと、お兄ちゃんはメニューを開くと少しずつ注文していく。そんな姿を見ながら懐かしいと思ってしまった。義哉が亡くなってこんな風に何度も食事に行った。急に時間が巻き戻る。そんな気がした。
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