君をひたすら傷つけて
「そろそろ。送る」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。一緒に食事しただけなのにとっても楽しかった。スルスルと御簾を上げると閉ざされていた空間がぱっと広がる感じがした。

 お兄ちゃんは胸元から財布を取り出すと、私は何かを言う前に会計をしてしまった。バッグからお財布を出そうとしてタイミングを失ってしまう。

「お兄ちゃん。半分払う。もう私も働いているし」

 そういう私を見つめ、お兄ちゃんはにっこりと微笑む。その表情に私の申し出を受ける気配はない。

「誘ったのは私だから。でも、気になるなら今度は雅に奢ってもらう」

 お兄ちゃんはニッコリと笑って嘘を言う。その笑顔は絶対に私に払わせてはくれない。

「御馳走様でした」
「美味しかったか?」
「うん。凄く美味しかった」

「今度は前にフランスに行く前に一緒に行った店にもう一度行こう。さすがに今日は予約出来なかったから行けなかったけど、雅が日本に帰ってきたらもう一度一緒にって」

「覚えてたの?」
「当たり前。雅との約束を忘れるはずがないだろ」

 店を出て私にお兄ちゃんは優しく微笑み掛ける。フランスに行くときにもう一度と約束はしたけどあれから五年も経っていた。

 駐車場に向かって二人で歩きながら、空を見ていると、不意にお兄ちゃんが言葉を零した。

「雅のこと。日本にいる間は遠慮せずに誘うけどいいか?」
「え?」

「雅が付き合っているのを知っているけど日本にいる間は出来れば前のように誘いたい」

 お兄ちゃんはアルベールと私のことを知っている。それだから、こういうことを聞いてくるのだろう。

「ごめんなさい」





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