君をひたすら傷つけて
 篠崎さんのCMの撮影はあの朝の部分だけを覗いて全部の撮影を終えることが出来た。でも、あのワンシーンに拘る橘さんは何日撮影しても首を縦には振らない。お兄ちゃんが最終と言った期限の日も最後の最後まで粘ったけど、それでも無理だった。

 どうしても光の筋が気に入らないらしい。

「今まで撮った中で一番の物を使うけど、いいか?」

「却下だ。俺は我が儘なんだ。あの部分以外で編集する」

 前に何度も見たけど、どの映像もいい。正直なところ、橘聖の才能を存分に発揮したものだと思う。でも、それも今の一言でお蔵入りが決まった。それについて、篠崎さんもお兄ちゃんも何も言わなかった。

「聖が言い出したら聞かないから無理よ」

 リズはお兄ちゃんと橘さんのやり取りを聞きながらそんなことを呟いた。周りのみんなも橘さんのことを理解しているのか、何も言わずに片づけを始めた。朝のシーンの撮影が終わると、すぐにチームは解散になる。

「今までありがとうございました。では、食事等を用意してますので」

 お兄ちゃんの言葉でスタッフは盛り上がった。まだ、朝の撮影が終わっただけで昼にもならない時間だけど、店に入り、お酒を楽しみながら食事をすることになった。ここで仲良くなったスタッフと私も二度と会うこともないかもしれないと思うと、一緒に頑張ってきた分、別れは寂しいと思ってしまった。

 楽しい時間を過ごしている私にリズが耳打ちした。

「ちょっと出掛けてくる。夜までには帰るけど、ホテルまでは篠崎さんか、高取さんと一緒に帰って。絶対に一人はダメだから」
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