君をひたすら傷つけて
 リズはニッコリと笑ったけど、私には泣いているように見えた。理由は分からないけど私はリズを一人で行かせたくなかった。何をしたらいい。私に何が出来る?リズを一人でニューヨークに行かせたくないとエマは言った。その理由がこれなのかもしれない。

「どうしても会いたい人が居るの。もう二度と会わないつもりだから」

 リズはここでずっと生きてきた。だから、友達だっているだろうし、親や兄弟もいるかもしれない。会いたい人がいるのも分かる。そんなに笑わないで欲しい。その笑顔が少しのワインの酔いも消し飛ばしてしまう。それでも私は止めることが出来なかった。

「分かった。でも、明日の朝には必ず帰ってきて」

「夜のうちには帰る。もう、帰国の荷物の整理も出来ているから心配しないでいいわ」

 そう言うとリズはお兄ちゃんに耳打ちしてから、橘さんに挨拶をして店から出て行った。その背中を橘さんは見つめていた。多分、私の知らないリズのことを橘さんは知っているだろう。リズのことを知りたいとは思う。でも、リズが話してくれない限り、私が聞くべきでないと思った。

「雅。色々とお疲れだったな。お蔭で楽しい仕事が出来たよ」

 スタッフに挨拶をしてきたお兄ちゃんは一人になった私の傍に来てくれた。リズが何を言ったか分からないけど、想像は出来た。きっと私のことを頼んで行ったのだろう。自分はあんなに泣きそうな微笑みを浮かべながら私のことを気遣っていた。
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