君をひたすら傷つけて
 篠崎さんが伊藤さんと一緒にタクシーに乗っていくのを見ながら、お兄ちゃんが私の方を向いた。真夜中を過ぎているのに、お兄ちゃんのスーツは卸したてのように綺麗で、仕事をしてきたとは思えないくらいに綺麗だった。

 お兄ちゃんの仕事量から考えると、袖が汚れたり、襟が依れたりすることもあるのに、そんな姿を、隙さえも見せなかった。私の前でお兄ちゃんが崩れたことは殆どない。

「さ、本当に遅くなったから、送るよ。雅の明日の仕事は?」

「撮影は入ってないけど、事務所で事務処理が残っているの。経費とかきちんとしないとまりえが煩くて……」

「事務所は順調らしいな。まあ、エマさんとリズさんの共同事務所だから心配はしてなかったけど、業界でも一目を置かれているのは素直に凄いと思う」

「実際にエマの営業力も、スタイリストとしての実力も格段に違う。それは分かる。アメリカでの成功をしていたのに、それでも日本に来た意味は十分にあると思う」

「俺は雅の仕事ぶりもなかなかだと思う」
「お兄ちゃんは贔屓目だから」

「そんなことない。この頃、雅指名の仕事が増えているのを知っている」
「たまたまよ」

「謙遜はそのくらいにして、さ、帰ろうか」
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