君をひたすら傷つけて
 自分でもこの時間からホテルの部屋を探すのが難しいというのは分かっていた。コンサートに集まる人の大半が自宅から来るとはいえ、大きな会場を埋め尽くす人数が集まる今日は、そう簡単には見つからないだろう。そう思いながら、最初はネットを見て回った。

 もちろん、当日のホテルなんか既にネットから探せる状況ではなかった。直接、いくつかのホテルに電話をしてみたけど、空いているのは、高級ランクの部屋ばかりで、そんな場所に泊まると、これからの生活が立ちいかなくなる。私は即決することが出来ずに電話を切った。

 エマの事務所で勤めているとはいえ、そんなに多くの貯金があるわけでもなかった。だからと言って、このままこの部屋に住むのも怖かった。お兄ちゃんに迷惑を掛けたくなくて、平静を装っているけど正直なところ怖い。警察の人の話だと空き巣被害はこの辺りでは頻発していて、十分に気を付けるようにとのことだった。オートロックのセキュリティのしっかりしているマンションだと思っていただけに、ショックはあった。

「ホテルの部屋はありましたが、少し値段が…」

「だろうな。そろそろ諦めて、言うことを聞きなさい」

「え?」

「ここでこうしているだけでも時間が過ぎていく。とりあえず、当座の荷物を用意して、俺の部屋に行こう。雅が気になるなら、私は会社に行くし。海のマンションに行ってもいい。私は行く場所はいくらでもあるけど、雅はそうではないだろ」

「でも、お兄ちゃんを追い出すのは」

「私はどちらでもいい。正直、この部屋に雅を置いていくことだけが嫌だ。私の為にもとりあえず荷造りをしてくれ」

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