君をひたすら傷つけて
 ふわっとした浮遊感の後、身体が沈むのを感じるとドアが開き、目の前には見るからに豪華なレストランがある。エレベーターを降りると目の前にあるレストランの入り口でお兄ちゃんは待っていた。篠崎さんは既にもう中で里桜ちゃんを待っているのだろう。

「雅。お疲れ様。海が里桜さんを待っている。里桜さんもお疲れさまでした」

「我ながらいい出来だと自負しているのよ。篠崎くんも喜んでくれるかしら?」

「それは間違いないだろう。さ、里桜さん。海が待っているから急いで…」

 里桜ちゃんは私とお兄ちゃんを見て、その場に立ち止まったままだった。まさか、私とお兄ちゃんが一緒にレストランに行くとでも思っていたのだろうか?さすがにデートの邪魔をするつもりはない。

「里桜ちゃん。私がついてくるのはここまで、後は楽しむことだけを考えてね」



「里桜さんの荷物は全て海の部屋に運んでおきますのでゆっくりと楽しまれてくださいね。帰りは申し訳ないですが、迎えには来れないのでよろしくお願いします」

 少し心配そうな顔をした里桜ちゃんにお兄ちゃんは追い打ちをかけた。もっと、優しく言葉を掛けたらいいのに……。でも、そのお兄ちゃんの言葉で里桜ちゃんはピッと背中に力が入ったようだった。有無を言わせるつもりのないお兄ちゃんの微笑みは綺麗だったけど、NOの返事は受け付けないという雰囲気を醸し出していた。

「高取さん。ありがとうございました。雅さんも今日はありがとうございました」

「いいのよ、私も楽しかったし、じゃ、里桜ちゃん。またね」

 軽く会釈してから、さっさとエレベーターの方に向かうお兄ちゃんの横について私も歩き出した。お兄ちゃんが振り向かないのは、きっと里桜ちゃんに逃げ道を作らせないためだった。
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