君をひたすら傷つけて
「わかった。里桜ちゃんに連絡して引っ越しを終わらせる。それが終ったらお兄ちゃんに連絡したらいいのよね?」

「ああ。悪いと思ってる。月曜日も今日も……」

「気にしないで」

「助かる。さ、食べに行こうか。雅の好きなものでいいよ。海も美味しいものを食べているのだから、雅も美味しいものを食べないとな」

「何でもいいよ」

「雅は欲がないな」

 篠崎さんは里桜ちゃんと一緒に初デート。美味しいものを食べるのは当たり前で、だからと言って私が美味しいものを食べないといけないという必要もない。普通でいいと思う。それにお兄ちゃんは明日の朝、五時にはこのマンションに篠崎さんを迎えに来る。そして、それからロケに入る。

 無理をさせたくないと思った。そうでなくても、さっきまで頼まれたとはいえ、家具の搬入の指揮を執り、里桜ちゃんは住むのに困らない状態にしながらも、私の事も気遣ってくれていた。

「この時間に予約なしで行ける店は少ないし、近くのラーメンとかでいいから」

「大丈夫。予約している。時間も大丈夫な店だから、ゆっくり出来る。さ、行こう。時間があるが、雅とゆっくりしたい」

 お兄ちゃんは有無を言わさず、私を車に乗せると、少し離れた場所まで連れてきた。そこは名前は知る人ぞ知る店で、私は背筋が伸びるのを感じた。業界の接待などで使うことの多いその店は静かな空間の中にあり、歩く度に玉砂利の踏みしめる音が耳に届いた。
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