君をひたすら傷つけて
 私はお兄ちゃんの運転する車の中に乗り込むと目の前に流れる風景を見つめていた。さっきの里桜ちゃんと篠崎さんのことが頭から離れなかった。篠崎さんは一緒に結婚式に出席して、きっと写真も撮られただろう。

 今のこの時世から考えると、数日もしないうちにネットに篠崎さんの姿が溢れるのは間違いない。それでも篠崎さんは里桜ちゃんの傍にいることを選んだ。

 里桜ちゃんを守ることを選んだ。

 自分という商品価値は分かっている篠崎さんの選んだ道。そして、それを許したのはマネージャーであるお兄ちゃん。私は二人の関係に、そして、心から愛する二人の姿を思い出した。マンションの部屋を出ていく、二人の背中。そして、そっと守るように支えた篠崎さんの腕。

 全身全霊で守る気概が私には見えた。

「羨ましいかも?」

「何が?」

「ううん。何もない」

「どこかに寄って何か食べて帰るか?」

「ううん?今日、持って行った荷物の整理もしないといけないし、それに今日はゆっくりしたい」

「分かった」

 マンションに戻ると色々持って行った荷物を整理してから、ベッドに横になり、天井を見つめた。色々な思いが頭の中に浮かぶ。真っすぐに歩く二人が羨ましかった。ただ、前だけを見つめる後姿は綺麗だった。

 義哉の居ないこの世界で私は一人。
 真摯な思いを傾けてくれたアルベールの愛に応えられなかった私は人を羨むことは許されない。すぐ傍に幸せになる場所はあった。

 ただ、私は全てを捨てれるほどの思いを持てずにここにいる。

 好きという気持ちを掴めないまま、ここにいる。

 
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