君をひたすら傷つけて
 アルベールの部屋のチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。ふわっと穏やかに微笑むアルベールは昔と何も変わらない。

「待ってたよ。さ、どうぞ」

 躊躇しなかったわけではない。でも、余りにも自然なアルベールに時間が巻き戻った気がした。

「お邪魔します」

 ホテルの部屋は私たちが泊まっているホテルとは違って、リビングも広く、置いてある家具も格調高いものだった。テレビの置かれてある台は細かな細工をされてあるものだった。

 テレビはちょうどミラノ映画祭の授賞式を放映してあるチャンネルだった。既に会場に入場したたくさんの俳優や女優がテーブルに座っている。その中に篠崎さんがいて、そして、後方にはお兄ちゃんもいると思う。そろそろ里桜ちゃんも会場入りするくらいの時間だと思った。

「ちょうど次が主演男優賞だよ。雅がスタイリストしている篠崎海もノミネートされているらしいな。参加作品を見たけど本当に良かった」

「見たの?」

「ああ。だって、雅が頑張って支えている役者だろ。見るに決まっている」

「日本でスタイリストの仕事をしていて、何度も撮影に行ったけど篠崎海の演技は凄いと思う。細やかな心の動きを指先にまで伝わらせる俳優はそうは居ない。スタイリストとしてだけではなく、私は俳優としてもこの映画祭で階段を上がって欲しいと思う」

「ノミネートされただけでも凄いと思うけど。でも、これからが楽しみな俳優であることは確かだね。ミラノの次はカンヌかベルリンかベネチアか。いずれにしても楽しみだ」

 テレビの画面に釘付けになっている私を見ながら、アルベールはクスクスと笑いながら、スパークリングワインの栓を開けた。そのいきなりの音に驚いた。

「なんでいきなりワインなの?」
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