君をひたすら傷つけて
 グラスの共鳴を聞いて、私が口を開こうとした瞬間、テレビでは映画祭での主演男優賞の発表の場面になっていた。私がテレビに釘付けになるのをアルベールはクスクスと笑いながら、もう一度、私のグラスに自分のグラスを重ねてから、ワインを口にした。

 私もワインをと思うけど、それよりも篠崎さんの映画祭が気になった。画面にプレゼンターの姿が映され、その後に名前が呼ばれ、スポットライトが俳優に注がれる。

 でも、そこに篠崎さんの姿はなかった。

「あ」

 私の小さな呟きにアルベールはチラッとだけみて、テレビに視線を向けた。

「あの俳優の出演映画は感動の渦に巻き込んだとこっちではかなりの前評判だったから」

「そうなのね。残念だわ」

 私は残念に思いながら、ワイングラスに口をつけた。鼻を抜ける芳醇な香りが心地よく、舌の上を転がるワインは飲みやすく、アルベールが美味しいと自信を持つだけあった。

「このワイン。本当に美味しい」

「だろ。パリでよくワインを飲んだけど、他のワイナリーにも負けない自信がある。丁寧な仕事をしている」

「うん。日本ではあまりワインを飲むことがないから、久しぶりに美味しい」

「雅に美味しいと思ってもらえて嬉しいよ」

 テレビの中では次々と、受賞が伝えられている。そして、篠崎さんの名前が呼ばれた。それは主演男優賞ではなく、『審査員特別賞』だった。

「嘘。審査員特別賞?」

「凄いな。おめでとう」

 篠崎さんは主演男優賞は逃したものの、審査員特別賞を受賞していた。スポットライトの中に輝く篠崎さんを見て、私は本当に良かったと思った。
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