君をひたすら傷つけて
 私は毎日数学の分からない問題を一問だけ持って、高取くんの病室に行った。最初は何度も『もう来ないで』と言っていたけど、私は『受験で数学が分からないと困る』と受験を口実に病室に通った。その度に高取くんは困ったような顔をするけど私は止めなかった。


 それはセンター試験の前日だった。

 受験前日ということもあり、私は何時もよりも早い時間に高取くんのいる病院に向かった。最初はダメだと言っていたけど、毎日一問の数学の問題を持ってくる私に諦めたのかもしれない。高取くんは『もう来ないで』とは言わなくなっていた。


 高取くんと一緒の時間を過ごせば過ごすほど、この楽しい時間の終わりが怖くなる。

 会えば会うほど辛くなるのは分かっている。でも、ここに高取くんがいるということだけで私は心を止めることが出来なかった。


「ちょっと話があるのでいいですか」


 病院からでたすぐのところで高取くんのお兄さんに呼び止められた。今から塾に行かないといけない時間だった。それに今日は早く家に帰って明日に備えたいと思った。


「明日がセンター試験なんです。今から塾があるので試験が終わってからでいいですか?」

「そうなんですね。大事な時期にすみません。では、藤堂さんの都合のいい時に私の携帯に連絡して貰えますか?」

 高取くんのお兄さんは自分の名刺に裏に携帯番号とメールアドレスをサラサラと書き込む。そして、私に手渡したのだった。
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