君をひたすら傷つけて
 私がリビングでコーヒーを飲んでいると、しばらくしてからお兄ちゃんは自分の部屋からスーツを着て、出てきて、私に向かって微笑んだ。今日はオフで仕事はないはずなのに、スーツを着て今から仕事に行くようだった。昨日イタリアから帰ったばかりで身体が疲れているはずなのに、もう仕事なのだろうか。

「おはよう。コーヒーまだあるか?」

「少し冷めているけどいい?」

「ああ。時間がないから、そのままでいい。今から事務所に行ってから、クライアントのアポや撮影の下準備がある」

「忙しいのね」

 私はキッチンのコーヒーメーカーからお兄ちゃんのマグカップにコーヒーを注ぐ。閉ざしたはずの心が揺れる。真っすぐに見つめられた視線が微笑んだ。何もなかったように穏やかに微笑む強さに私は揺れる。自分が傷つけていたにも関わらず、お兄ちゃんの微笑みに傷つく。

「そうだな。忙しい一日になりそうだ。雅はオフだろ」

「うん。イタリアから戻ったばかりだし、篠崎さんが戻ってきてないから、エマが休んでいいって言ってくれて。でも、篠崎さんの帰国次第で、そのスケジュールで変わるから、それまでは少しゆっくりしようと思う」

「そうか」

 お兄ちゃんはダイニングテーブルに座ると、手に持っていた手帳を開き、何かを書き出した。携帯とタブレットと使い込まれたシステム手帳をお兄ちゃんは見比べながら、仕事の段取りをしている。

 予想を上回るオファーのスケジュールの管理は大変と思う。それなのに、私はお兄ちゃんの足を引っ張ってしまうばかりだった。
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