あなたと恋の始め方①
 研究室に残された私は中垣先輩の後姿を見てからフッと溜め息を零した。折戸さんと一緒に食事をするのは嫌じゃない。でも、この前のプロポーズの後だから、緊張してしまうだけ。久しぶりに会って食事をする。ただ、それだけのことなのにこんなに自分が戸惑うとは思いもしなかった。


 時計を見ると時間は六時を過ぎていた。


 中垣先輩は研究室を出たからいつでも帰っていいことにはなっている。でも、少し仕事のキリが悪いのでもう少しだけ仕事をすることにした。中途半端に仕事を残すときっと折戸さんは嫌がる。中途半端な仕事をしないというのが高見主任の考えで、折戸さんも実行しているということ。そして、私が本社営業一課で学んだことの一つだった。


 そんな私の気持ちを見透かしたかのように机の上に置いてあった携帯が震えた。


 折戸さんからだった。


『美羽ちゃんが仕事を終わらせたら、メールして。仕事の方が大事だから無理はしないように。俺は久々に買い物でもしているから気にしないで』


 携帯の画面を見て、自分の手元の資料を見る。中垣先輩が私に残した資料の八割方が出来ていて、後、30分もすれば資料が出来上がる。その折戸さんの言葉に甘えることにした。本当ならすぐにでも行くべきなのかもしれないけど、中途半端な仕事をした方が折戸さんは嫌がると思った。


『すみません。後、少し仕事をしてきます。30分くらいで終わると思います』


 そんな私のメールに折戸さんは『了解』とだけ短いメールを返信してきた。その短いメールも折戸さんの優しさだった。
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