あなたと恋の始め方①
 私は自分の机ではなく研究室の隅にあるソファに座るとゆっくりと身体を預ける。机の椅子よりもこの少しくたびれたソファが楽でコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置くと両手をグーッと天井に向かって伸ばした。肩に凝りを感じ、首を回すとコキコキと音がする。


「コーヒーはこのくらいでないと眠気が覚めないな」


 私とは違って、中垣先輩は机に座ってパソコンから目を離さずにボソッと独り言を言う。コーヒーで眠気を飛ばさないといけないくらいに眠たいとなると…。思い描くのは一つ。研究所にお泊りということ。お泊りと言えば言い方は可愛いけど、中垣先輩のことだから、研究所にある仮眠室にすら行ってないだろう。


「昨日泊まったのですか?」


「ちょっと遅くなったからここで寝ただけだ、しっかり寝たから」


 しっかり寝たというけど、絶対に嘘だろう。疲れ果てて仮眠を取ったくらいだろうから濃い目のコーヒーで眠気を飛ばす。


「このソファでですか?私の残りがもう少し時間が掛かるので今の間に仮眠室に行かれませんか?二時間くらいはまだ掛かります」


「そこのソファの寝心地は最高だから気にしないでいい」


 それでは疲れが取れないと思う。先輩と私の研究はまだ序盤。今からが過酷になる。先輩のコントロールは難しい。最後まで体力を保たせないといけないから、今の時期は寝て欲しいけど、私の言うことをきいてくれる中垣先輩なら私は苦労しない。


 きっと何を言っても無駄だと分かっていた。



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