あなたと恋の始め方①
 人混みにいる私の姿をどうして見つけたのか、私の名前を呼ぶ。騒がしいロビーが一瞬静寂を取り戻し、研究員の視線が私に注がれる。こんなに視線が集まり、視線が痛いと感じるのは初めてだった。羨望と嫉妬に塗れた思われる視線は鋭い。


「坂上さん」


 静かに染み入るような声を出すのは高見主任。知性溢れる容姿は今日も健在。爽やかなのにしっかりと芯の通った声はたった一言私の名前を呼んだだけなのに高見主任の知性を感じさせる。


「美羽ちゃん…。あ、今は坂上さんだね。元気にしてた?」


 クスクスと笑いながら零れんばかりの笑顔を向けるのは折戸さん。綺麗過ぎる顔に満面の微笑みを浮かべられると私も眩いと思うほど。それに、そんなに綺麗な微笑みと共に『美羽ちゃん』だなんて…。禁句も禁句。周りの女の子の視線がさっきよりもグサグサと刺さってくる。


 羨望よりも嫉妬の方に天秤を簡単に傾かせる。


 折戸さんはこの間会ったばかりなのに、スーツを着込んだ姿はやはり素敵だと思ってしまう。普段着の折戸さんも素敵だけど、私はこのスーツ姿の方が落ち着く。そんなことを思って言葉に詰まっていると女の子たちの視線が一気に集まって…申し訳ない気持ちになる。二人に囲まれた私は余りにも凡庸。


 溜め息が零れるほどだった。

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