小路に咲いた小さな花
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小さな通りの小さな商店街。
古い店も新しい店もあって、ごちゃごちゃとしていていながら、どこか何となくまとまっている。
混沌としているけれど、私はこの通りが大好きだ。
そんな大好きな通りを、急ぎ足で通りすぎる。
「彩菜ちゃん。いい魚が入ったよ~」
「ごめん、まっさん。配達途中なの。あとで寄るね~」
今日10時に届けるはずの花束が、既に時計は10時15分。
バイトの喜美ちゃんが寝坊しちゃったのは後の祭で、来るのと同時に慌てて店を飛び出した。
「マスターごめん。遅くなりました!」
カランコロンとドアベルを鳴らしながら、喫茶店ポロンに飛び込むと、マスターの秋吉さんが顔を上げた。
「ああ、彩菜ちゃん。大丈夫。喜美ちゃんが全力疾走して行ったのが見えていたから、遅れるな……とは思っていたよ」
美味しそうなコーヒーの香りと、香ばしいトーストのバターが溶ける匂い。
お腹一杯に吸い込んで、出してもらった花瓶に花を活け始める。
「……にしても、井ノ原さんは仕入かい?」
秋吉さんの言う“井ノ原さん”は、うちの親父様のこと。
確かに小さい花屋だけど、いつもフラフラふわふわ遊び歩いている姿を目撃されている。
「まさか。この時間ですよ~?」
サボりに決まっているじゃないか。
花の競りが終わって、店に搬入して、ある程度水切りが終る頃には既にいなかった。
うちの親父様は、そういう人。
まぁ、競りに行ってくれるだけでも大変だし、そこはキッチリしてくれているからいいけどね。
「井ノ原さんらしいねぇ。彩菜ちゃんも大変だ」
「そうでもないですよ~。お花は大好きなので、問題ないです」
「オーナーの癖にねぇ」
「あははははは」
笑って花を活け終わると、お代を頂いて退散した。
まぁ、うちの親父様は大変だけど、計算は得意だから助かっている。
……私は計算苦手だしね~。
計算するくらいなら、花を眺めている方が好きだったりして。
帰る途中、まっさんの魚屋さんを冷やかして、店に戻るとエプロンを手に取り、
「ただいま~」
「あ。おかえりなさい。秋吉さん、怒ってませんでしたか?」
ラッピングリボンを作りながら、花の間から喜美ちゃんが困った顔で顔を出した。
「怒ってないよ~。全力疾走する喜美ちゃんいたから、遅れるだろうなぁって予想してたみたい」
「え。やだ。そんなとこ見られてたのか」
嫌な顔をして、おでこをペチンと叩く。
高校2年生の夏目喜美ちゃんは、うちの唯一のバイトちゃん。
冬休みは昼間も来てくれるから助かっちゃう。
力仕事も多いし、虫も多いし、水仕事も多いから、女の子は辞めちゃいがちだったけど、喜美ちゃんは長続きしてくれてる。
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