小路に咲いた小さな花
「気持ち悪い……」

駅のホームにあるベンチに座りぐったりしていると、敬ちゃんが溜め息混じりにお水のペットボトルを差し出してくれた。

「……ありがとう。ごめんねぇ」

「見てなかった俺が悪い。彩菜はあまり飲めないんだから」

「知らない~。どうしてそんなこと敬ちゃんが知ってるの」

「だって、井ノ原さんも弱いもん。それに、彩菜は前にビール飲んだことあるでしょ」

「うん。ある」

家でビールを飲んで、気がつけばベッドで寝てた記憶がある。

「あの時は、500の缶ビール2本で酔っ払って、うちの店に押し掛けてきたじゃないか」

え。

「し、知らない」

敬ちゃんが目を丸くして、それから難しい顔をした。

「覚えてないの? 確か……3年くらい前の正月の事だよ?」

お正月だったことは覚えてるけど……

酔っ払って、商店街のお店に?

「や。おかしいでしょ。お正月は商店街はシャッター通りになるし、お店にって……開いてない……」

「うん。シャッターがんがん叩くから、近所の人も野次馬に来てたよね」

……それが本当なら、は、恥ずかしいの通り越して顔から火が出るよね。

「あー……。覚えてないんだ」

敬ちゃんは溜め息をつきつつ、じっと私の顔を見てくるから、そよそよと視線を外していく。

終電間近らしい駅のホームは、人の姿もまばらで、どこかが何かがよそよそしい。

それに、敬ちゃんの雰囲気も、どこか……何だか違和感がある。

「いやぁ、どうすっかな……」

ん?

「まぁ、でも。ムカつくしな」

んん?

「何が?」

と、言うか、今の声って敬ちゃんだよね?

敬ちゃん、そんな口調で話す人だった?

「ん? 何か、他の男探してやるとか抜かしてる人がいるから、どうしたもんか検討してる」

いや。ちょっと待って。

何かがおかしいよ?

何だかいろいろおかしいよ?

どうした敬ちゃん?

いつもの物腰ふわふわな、まったり敬ちゃんはどこにいった?

「今更だよなー。覚えてないとか、マジ有り得ない。つーか、だから普段通りだったのかって……」

独り言のようで、独り言のじゃない。

ガンガン感じる視線に言葉。

はい。何だか責められているのがひしひしと感じます。

「って、事は、彩菜はまだ俺の事を好きなんだな」

「…………っ」

バッと敬ちゃんを見ると、どこかイライラしたような苦笑を浮かべている視線とかち合う。

「や。それは……ほら」

「ほらじゃないし。だいたい、正月休みにガンガンシャッター殴り付けて、出ていったら指差されて、好きなんだけどって叫ぶ人間はあまりいないだろ」

「え。私……そんなこと」

「したんだよ。酔っ払っい」

もう酔っ払ってないし。

酔いも覚めました。間違いなく。

ええ、覚めましたとも。

「や……あの。3年も前じゃ、時効じゃない?」

「彩菜に今、他に好きなのが出来てて、付き合いでもあるって言うなら時効にしてやってもいいけど……」

してやってもいいけど……

「今日の言動から察するに、そうじゃないだろ?」

ニッコリと微笑む敬ちゃん。

その笑顔はゆったりとしていて、いつも通り……なんだけど、

「彩菜がそのつもりなら、幼馴染みの兄ちゃんしててやろうかと思ってたけど、気がかわった」

「え……」

「せっかく悪い虫つかないようにしてた女を、誰かにやるのもやっぱりムカつくし」

「あ、あの……敬ちゃ……」

「何?」

「何だか……黒い……」

「商店街みたいな小さなコミュニティーだと、あっちの顔の方が受けがいいだろ?」

どこまでも黒いオーラが全開の敬ちゃんを見つつ、もらったペットボトルを抱きしめる。

「……と言うわけだから、覚悟しておけよ?」

な、なんの覚悟?

「俺が、女にしてやるから」

その言葉に、卒倒しそうになった。















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