小路に咲いた小さな花
そうだな~。

お花屋さんに憧れて来る子は多いけれどね。

女の子のスキルとしては“手が荒れる”のは嫌がられるらしい。

夏冬関係なく、あかぎれになる指先と、短い爪に溜め息をつく。

「そう言えば、さっき山本さんが顔を出していきましたよ?」

「え? 敬ちゃん? 今日は平日だよねえ?」

首をかしげる私に、喜美ちゃんは苦笑する。

「さぁ。スーツ姿だったですけど、彩菜さんいないの見て、そのうちどっかいっちゃいましたもん」

「……相変わらず、ふらっときてふらっと帰ったんだねえ」

敬ちゃん、こと、山本敬介は幼馴染み。

敬ちゃんは商店街にある古本屋さんの息子で、8歳も歳上だけど当時は子供も少なくて、小さな頃はよく遊んでもらった。

敬ちゃんはふらっときて、いつも気がつけばいなくなっている。

決して広くはないお花屋さん。

敬ちゃんは隠匿スキルが半端ない。

存在感がない訳じゃないはずだけど、昔から気配を消していくのが上手かった。

お陰でかくれんぼで勝てたためしもなくて、いつも私が怒って泣き叫んだら出てきてくれたっけ。

人がよくて、どこかぽややんとしていて、よくよく自分の世界に埋没していく敬ちゃん。

あの柔らかい雰囲気が、昔から好きだ。

…………。

いや、幼馴染み的な意味合いで。

うん、幼馴染み的な意味合いでよ。

「……彩菜さん。その花、首から千切ってどうするんですか?」

「あああああ、せっかくのクロッカスがぁぁあ!」

首からぶっ飛んだ黄色い花に慌てると、喜美ちゃんにクスクス笑われた。

「彩菜さん告白しないの?」

「告白!? ダメだよ! さすがの親父様も、商品ダメにしたら怒られるよ」

「そうじゃなくてー。山本さんに」

「敬ちゃん? 敬ちゃんに告白?」

「山本さんて優良物件ですよね~。結構大手の会社勤めの次男坊。なかなかイケメンだし」

イケメンかぁ。

あまり考えた事はなかったなぁ。

昔から見てる顔だし。

見慣れた顔に見惚れる事もなく。

イケメンの基準はどこからどこまでなのだろう。

「敬ちゃんがイケメンなら、その他の人もイケメンの部類に……」

「もう! 彩菜さんの世界は狭いの! 商店街の若い男は山本兄弟しかいないから、基準がおかしいの!」

「え。私の世界は狭いの? 確かに大学行ったことないし、高校は女子高だったけど、N駅まで通ってたよ?」

「……そーゆー意味じゃなくてぇ」

脱力する喜美ちゃんを横目に、首だけクロッカスをどうアレンジするか考える。

うん。まぁ、小さなバスケットに活けて、安く売っちゃうかな。

それしかないか。
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