小路に咲いた小さな花
敬ちゃんに“俺が”的な事を言われたけど、付き合おうとも、好きだよ、ともなんとも言われていない。

ただ無言で手を繋がれて、無言で電車に乗って、無言で家まで送ってくれた。

そして、玄関先でじろじろ眺められてから手を振った。

……だから、どうしちゃったんだ、敬ちゃんは。

ううん。きっとただ知らなかっただけなんだよね。

商店街みたいな場所で、確かにあの黒っぽい性格だと生きにくそうだし。

私がただ知らなかっただけで……

ガラス越しの店内から、商店街を見るとよく解る。

皆様ほとんど顔見知り。

商店街に住んでいなくても、近くに引っ越してきて、2、3回も買い物すれば顔見知りになる。

お花屋さんに来る人は希だけど。

通り過ぎるだけの人も知っている。

今、自転車で通りすぎた彼女は大学生。

近くのアパートに住んでいて、親の仕送りだけに頼れないからって、クリーニング屋さんのバイトをしている。

そして、今、通った人は駄菓子屋さんの息子さん。

来年の春から製菓関連の専門学校に行くのだそうな、高校卒業間近の男の子。

冬休みのはずなのに、コートの下には制服を着ているっぽいから、学校に何か用事でもあるんだろう。

喜美ちゃんは、居酒屋さんの娘さん。

高校1年生で、これから進路をどうするか絶賛悩み中の女の子。

これくらいの情報は、すぐに誰かが耳に入れてくれる狭い世界。

そうね。人当たりよくしていた方が確実に生きやすい世界だね。

あまり考えたことなかったな。

ぼんやり外を眺めていたら、古本屋さんのママさんが顔を出した。

「彩菜ちゃんいる?」

喜美ちゃんの影から顔を出す、

「いますよ~。こんな朝から珍しいですね、ママさん」

「あんた、敬介と付き合うの?」

「…………」

いきなり過ぎますよ、ママさん。

「えーと。どうして、そのような事を私にきくのでしょう?」

「敬介が朝の出掛けに言ったからよ。なんなのあの子。朝御飯食べ終わってお茶を飲みながら言ったのよ」

「……それ、私に言われても」

「とにかくどうなの? そうなの?」

だから。どうして私に……

二人の視線を感じつつ、どう説明したらいいんだろう。

まさか“俺が女にしてやるから”発言をそのまま言うのは憚られる。

だって、その言葉はあまりに直接すぎて色んな意味に取られてしまう。

カエルでも、それくらいの判断はできる……

「えー……と。直接付き合おうとは、言われてません」

それは間違いない。

「あの子がそんなやわな言い方するもんですか」

キッパリはっきり言われて、ちらっと喜美ちゃんを見る。

あー……何て言うか。

まぁ、ママさんも、喜美ちゃん意識して言葉は選んでるよね。

「あんた解ってる? 敬介は敬介なのよ?」

「うーん。そうですねー。びっくりしましたね……」

あらゆる意味で……って事は、

「ママさんもご存じで……?」

「自分の息子よ。解らない訳がないじゃないの」

「あ、私。ちょっと忘れ物したので取りに一回家に戻りますね!」

空気を読み切った喜美ちゃんが、慌てたように店を出ていくのを見送って、それからママさんは私を振り返った。

「あの子、彩菜ちゃんを自分のにするから、商店街に吹聴しておいてって言い出したのよ?」

敬ちゃん!

あまりにそれは黒過ぎないかい?

「だから、勝手にあの子がそう言っているのか、彩菜ちゃんも了承しているのか、確認に来たの」

了承って言うか。

何て言うか……さぁ?

「あの、敬ちゃん……は、好きなんだけど、新しい敬ちゃんには、カルチャーショック受けてまして」

ママさんは肩を落として、微かに首を振った。
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