小路に咲いた小さな花
「あんたたちに何があったか知らないけれど、吹聴はしない方が懸命かしらね?」

「ん~。無理だと思いますー」

「どうして?」

「今朝……」

と、こめかみを指差して難しい顔をする。

「ここにキスされたの、喜美ちゃんに目撃されました」

喜美ちゃんが見ているって事は、この狭い商店街……どこで誰が見ているものだか解らない。

「たぶん、噂は早いでしょうねー」

「何を他人事みたいに言っているの。このままだと、敬介にいいように扱われるわよ」

ママさんも難しい顔をして、腕を組む。

ママさんは、どうやら中立を保ってくれそう。

そう思って苦笑した。

「ママさん。私って、3年前のお正月に、お店に殴り込みかけました?」

「殴り込みと言うか……殴り込みだったかしらね」

「記憶に無いんですよね。どんなでしたか?」

ママさんは目を丸くして、それから考えるように視線をそらせる。

「そうね。敬介に冷静に捲し立てていたわね」

冷静に捲し立てる?

何だか想像がつくようで……いや、何かが違う気がする。

「もう大人として扱って欲しいとか、子供扱いはするのはひどいとか」

ああ。何だか想像つく。

「でも、私が聞いたのは途中からだし、その後は敬介が部屋に連れていっちゃったから、あまり詳しくは知らないの」

そっか……ママさんも知らないのか。

私って敬ちゃんに何を言ったんだろう。

たぶん、敬ちゃんの言動からすると、好きだとかも言ったのかも……

きっと言ったんだろう。

指差して好きだって叫んだらしいし。

でも、考えてみればこれはチャンスでもあるかも。

何もしないで諦めようとしていたわけだし。

何かをしようとしたわけじゃないんだし。

新しく見えた敬ちゃんの性格には、まだ慣れないけれど、向き合ってくれるならチャンスだよね。

うん。

きっと……たぶん?

「まー。敬介は次男坊だから、婿にあげてもいいけどね。彩菜ちゃんさえよければ」

「え。話が飛躍的に飛びましたよ?」

「何を言ってるの。敬介は今年で33だもの、そろそろでしょう?」

いや。それは商店街のマイルールって言いますか。

確かに敬ちゃんの兄ちゃんも、30になるかならないかで結婚したけど、世間一般としてはどうなのかな。

最近は晩婚って言うし、働き盛りって感じじゃない?

でも、敬ちゃんの友達の磯村さんは婚約したわけだけど。

「ま、まだ、そんなことまで考えれませんから……」

「そうねー。まぁ、いいわ。彩菜ちゃんさえ大丈夫なら、敬介に付き合ってあげて。泣かされたら私に言いなさいね?」

「え。はい……」

「全く、こんな時に男親が必要なのに、井ノ原さんは何をしているの」

何をしているか解らないけど、親父様には何も言ってないしね。

「とりあえず、私から吹聴は避けておくけれど、何だかもう、なるようにしかならない感じみたいだわね」

「はあ……」

「じゃ、私はそろそろ店を開けなきゃいけないから」

「あ。はい」

片手を振ってママさんに挨拶すると、来たときと同じようにスタスタと帰って行った。

「…………」

うん。

何て言うかな……

全く実感がない。
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