小路に咲いた小さな花
そんなことをもんもんと考えながら1日過ごした。

「どうしたの。ひどい顔してるよ」

閉店後、シャッターを半分閉めたところで声がかかる。

見ると、敬ちゃんがそこにいて、難しい顔をしていた。

あんまり遅くないじゃない。

そう思いながら、シャッターをくぐる。

「別に……なんもないよ」

残りの1メートルを閉めようとしたら、ガシャンと音がして敬ちゃんが入ってきた。

「閉店ですよ」

「お客になるつもりじゃないから、安心して?」

意味が不明だから。

「何を安心すればいいの」

「ん? さすがに俺でも、井ノ原さんいるかもしれないのに、襲わないよ」

いや。そこ心配してないし。

全く想像すらしていなかったし。

「い、いきなり過ぎるでしょう!」

「そうでもないでしょう?」

「そんなわけないでしょ!」

「ウブだねぇ」

敬ちゃんはそう言って、店内を見回した。

「井ノ原さんは。今日はいるの?」

「夕方はいたけど、また出掛けてる」

「ふーん」

あまり興味無さそうに呟いて、敬ちゃんは野菜の種を眺めていた。

それを私が眺める。

「あ。お構い無く。レジ閉めあるでしょ?」

そりゃ、あるけれど、何なんだかな……

シャッターを閉めきって、それからコインカウンターを包装台にのせて、レジの鍵を回して精算ボタンを押す。

売上のレシートが出てくるのを確認して、開いたドロアーから小銭をコインカウンターに移していると、小さな溜め息が聞こえた。

「何をすねてるの」

「すねてないよ」

「すねてるでしょう。怒ってないみたいだし」

「違うもん」

明日のお釣銭を確保して、残りの売上の金額と、レシートを確認して……

手提げ金庫にしまったところで敬ちゃんが近づいてきた。

「と、すると、何を戸惑ってるのさ」

戸惑ってる……と言うか、そうか、戸惑ってるのかな?

「黙ってないで、何とか言えよ」

「だって……急に、敬ちゃんの口調とか、女にするとか……色々変わっちゃうんだもん」

「うん。そのつもりだけど」

さらさらと普通の顔をして、どーしてそういう事を言うの!

「口調は、まぁ、これは家族うちじゃ普通だし。何かを急に変えたつもりでもないよ? そもそも猫を被っていたのをやめただけで」

奥のドアを開けて、敬ちゃんは勝手に自宅スペースに入っていく。

「悩むことじゃないでしょ」

いや、悩むって言うか、何を勝手に人のうちに上がっているんだ、貴方は。

「あ。本当に井ノ原さんいないや。年頃の娘がいるのに相変わらずだなぁ」

そんな声を聞きながら、お店のセキュリティさんを作動させて自宅に上がると、手提げ金庫を大型金庫にしまう。

勝手知ったる我が家のリビングに、これまた勝手を知っている敬ちゃんが寛ぐ姿。

「絶対に何かがおかしい」

「おかしくないよ。自然のことでしょう?」

「どこが……何が自然なの! 私には不自然にしかみえない」

「そもそも、3年前。彩菜が忘れてなければこうなってたよ」

3年前……

3年前のお正月?

「し、知らない。覚えてないし」

「うん。覚えてないから、しょうがないとして。だから、ここから始めよう?」

「始めようって言われたって、何をどう始めるって言うの?」

敬ちゃんは瞬きして、それから困ったように溜め息をついた。
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