小路に咲いた小さな花
「まぁ……だよね。うん。そこらへんは本当に俺の責任か」

手招きされて近づくと、いきなり羽交い締めにされて固まった。

「……敬ちゃ……?」

「うん?」

「これって……」

「うん。試しに抱きしめてみた」

試しにするものじゃないでしょー!

何を考えてるの!

「もうすこーし、ぷにぷにがいいな」

言われた瞬間、思いきり敬ちゃんを引き剥がそうと身をそらせた。

だけど、ガッチリ抱きしめられたままで、逃げ出せずにもがくだけ。

「残念。男の力に叶わないのが女性の力だよね」

「力任せにする男性は男の風上にもおけないと思うの」

「まぁ、それはそうだよね」

「離して~」

「そうだなー。じゃ、好きって言ったら離してあげる」

す、すき?

今?

今、言わないといけないの?

「やだ」

「じゃ、今は嫌い?」

そんなことない。

そんなこと、ないけれど……

「嫌いなら嫌いでもいいけど」

「え。いいの?」

「うん。それならそれで、手に入れるまで頑張るだけだから」

「…………」

ニコニコしてる笑顔が恐い。

笑顔が、恐いなんて思ったことないのに、恐いよ?

「だって、新しい敬ちゃんが、慣れなくて……」

「そんな感じなのか。まぁ、それもまたしょうがないか」

言われて、離してくれた。

「じゃ、ご飯食べに行こう」

「ご飯?」

「夕飯まだでしょう?」

「でも、定食屋さんは今日は定休日だよ?」

「ご飯食べるとこは、定食屋さんだけじゃないから」

苦笑されて、頭の先から足元まで眺められる。

「デニムパンツに合わせると、居酒屋かな」

今日も白シャツにカーディガン、デニムパンツにスニーカーだった私。

「き、着替える!」

「え。別に気にしなくていい……」

「気にするもん」

「あー……じゃ、今度おしゃれしてよ。今日はお腹すきすぎて遠出はしないから」

「お腹空いてるの?」

「うん。昼飯抜いたから……」

「炒飯くらいならすぐ作れる。敬ちゃんは座ってて!」

「え……」

もう。お腹空いてるなら、どうして帰りに食べて帰ってこないのかな。

今は何時よ。

19時だよ19時。

お昼も抜きなんて不健康。

不健康すぎるでしょ!

「彩菜……? 食べにいかなくてもいいの?」

「いいから座ってて」

冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注ぐと敬ちゃんに渡す。

それから長ネギを手にすると猛然と刻み始めた。

まったく、仕事がどれだけ忙しいのか知らないけど、お昼も抜きにするなんてあり得ないから。

人間、食べないと力も出ないし、ダメなんだから!

「彩菜。何か怒ってる?」

「怒ってないよ。けど、急ぐよ」

「うん。ありがとう」
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