小路に咲いた小さな花
「それで、アイツと付き合い始めたのか」

「そうらしい……」

敬ちゃんの中では、そういう感じになったらしい。

まったく、全然、そんな実感はないけれど。

そういう感じで付き合おうって言われてはいないし。

でも、確かにお互い“いい歳なんだから”今さら、改まって付き合おうもないのかもしれない。

「まぁ、夕飯誘っとけ」

「え? 今日の?」

「晩酌だ晩酌。明日は定休日だし、いいだろう?」

「今日は出掛けないの? 小料理屋のママに捨てられた?」

「なんでお前は、俺の交遊関係を知っているんだよ」

じとっと見られて首を傾げる。

「隠してもいないじゃない。この間から通ってるって教えてもらった」

「そこが商店街の良いところで悪いところだな」

ぼやきながらも頭をポンポンされて、親父様は困ったような顔をした。

「だからって、美奈子を忘れたわけじゃないからな」

そう言いながら、花を並べかえていく親父様。

それを見ながら、首を傾げる。

ママかぁ。

ママの記憶はほとんどない。

私が2歳の頃に、自動車事故で亡くなっているから、写真の中のママの笑顔しか記憶に残ってない。

敬ちゃんママからは、大恋愛の末に結婚したのだそうな、親父様の恋愛話を聞かせてくれたけど……

どちらかというと勝ち気で、カラッとしたママだったらしい。

気がついた時には、古本屋さんに預けられる事が増えていたし、気が付けば商店街の皆が親代わりだったし。

初めてのブラをプレゼントしてくれたのは、商店街の衣料品店のおばさまだし、赤飯を炊いてくれたのも古本屋のママだし、遊んでくれたのはやっぱり敬ちゃんで……

そりゃ、学生の頃はそれなりに友達もいたけれどさ。

卒業と同時に疎遠になったと言うか。

私の世界は本当に狭い。

とってもとっても狭い。

「大きくなったら、もっと行動範囲くらい広がると思ってた」

「それはどうだろうなぁ。お前は昔から敬介の後ばかり追っかけてたから」

「敬ちゃんだって、商店街以外で働いてるじゃない」

「そういったことじゃないんだけどなぁ。そういうトンチンカンな所ばかり美奈子に似て……」

「ママはトンチンカン…だったの?」

「思い込んだら間違った答えに真っ直ぐ突き進む女だったねぇ」

……それはそれで、褒め言葉じゃないけど、親父様はとても楽しそうに話をしているから、いい思い出なんだろう。

「ママの事が好きだった?」

聞いてみたら、親父様の片方の眉が跳ね上がった。

「馬鹿な事を言うんじゃない」

「え。そう?」

「今も好きだぞ」

確かに私が馬鹿だったらしい。

聞いた私が……って奴だよね。これは。
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