小路に咲いた小さな花
6
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桜の時期は終わって、春らしい色合いの花が増えてきた。
春の花はどことなく可憐で、どことなく華やか。
夏の花も賑やかでいいけれど、春の花は昔から好きなんだよね。
喜美ちゃんはとっくに帰り、後はシャッターを下ろして、レジを締めて……
そんなことを考えながらシャッターを閉めようとしたら、
「ただいまー」
そう言いながら、普通に店に入っていく敬介。
「…………お帰りー」
一応、言ってからシャッターを閉める。
「今日は井ノ原さんいる?」
「親父様は出掛けてる」
「そっか。じゃ、ご飯食べに行こう」
敬介は最近“うち”に帰ってくるようになった。
何がどうしてこうなったんだろう。
たぶん、きっかけは親父様なのよ。
毎朝“いってきます”を言う敬介に向かって、“お帰りも言ってもらえ”とか言ってくれちゃって。
その日から敬介は、まずうちに帰ってくるようになった。
まぁ、晩ご飯を食べに来て、結局は帰るだけなんだけどさ。
何かがおかしいって言うか。
さすがに残業で遅くなった日はうちによらずに、古本屋さんにまっすぐ帰ってるけど……
「今日はカレーライス作ってあるよ?」
「え。あー……でも、井ノ原さんいないんだろ?」
「いないけど」
「……俺に襲われてもいいなら、ご馳走になろっかな」
そう言って、自宅スペースに上がり込む敬介。
……最近は、こんなことも言われ慣れて来たよ?
解ってるわよ。男をうちに上げるなら、それなりに警戒心持てって言いたいんでしょ?
だいたいね、勝手にうちに上がってる貴方の台詞じゃないと思うのね。
そこまで私も無意識じゃないし!
幼馴染みの関係から、ちょっと進歩して“付き合う”ようになった。
けど、だからって何かが劇的に変わるって訳でもなかった。
それでも、変わった事もある。
レジ締めを終わらせて、金庫に売上金を閉まって、セキュリティさんを作動させてから自宅ドアの鍵も閉める。
「敬介くん」
「え。敬介“くん”?」
スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩めていた敬介が、驚いて振り返った。
「私、家じゃ嫌よ?」
ニッコリ囁けば、驚いた顔で固まる。
たまには反撃される事も考慮に入れてくださいませ。
言われるくらいで狼狽える時期は……たぶん過ぎた。
たぶん。
だけど、キッチンに向かい食器棚からカレー皿を取り出して、炊飯器の蓋を開けたところで、やっぱり後ろから吹き出される。
「耳まで赤くなって言われてもなぁ」
「そこは言わないでよ!」
「言うよ。基本的に好きな女はからかうのが男の常識」
「敬介の常識でしょうが。そんなにからかいあってる恋人同士なんて見たことないからね!」
「それは外面の話だろ」
まぁ、そうかもしれない。
恋人同士のからかいあいなんて、端から見たら単なるイチャイチャだし。
そんなことを人目につくところでしていたら、“バカップル”とか、そう呼ばれるんだろう。
考えながら、ご飯をよそって、振り返ると、腕捲りして手を洗っている敬介がいた。
「手伝う」
「手伝うって、カレーかけるだけなんだけど……」
「きっとサラダも作ってると思うから、彩菜はそっちよろしく」
サラダを作ってるって、どうして解ったんだろう。
ぼんやりしていたらカレー皿を奪われて、仕方がないので冷蔵庫に向かった。
キャベツとプチトマトのシンプルサラダ。
それと福神漬けを取り出して、カレーライスを並べている敬介を向いた。
「ドレッシング。和風とオニオンがあるけど、どっち?」
「オニオンがいいな。彩菜は水いる?」
「あ。コップだけでいいよ。お水のペットボトルある」
「了解」
そう言いながら、敬介は食器棚からグラスを持ち、ついでみたいにサラダを受け取ってテーブルに戻っていく。
……手伝う事が当然みたいになってる。
私、何かしたかな?
ペットボトルとドレッシングだけ持って、テーブルにつくと、
「彩菜、スプーン」
「ありがとう」
スプーンを受け取って首を傾げる。
「私、大変そうにしてた?」
「なに。突然」
「え。いきなり手伝ってくれるから」
「はい?」
お互いにハテナを浮かべて首を傾げる。
「ああ……」
先に気がついたのは敬介だった。
「食事のときに運ぶのは、うちじゃ当然だっただろ。洗い物はやんなかったけど」
「そう……だった?」
古本屋さんでご飯はよく食べたけど、運んだりしてたかな?
「うん。ああ、でも彩菜はやらなかった。俺がやってたから」
「そうだった?」
「さすがにあんなチビっ子に重い皿運ばせる程、うちの母親もオニじゃないから」
「ママさんの教育の賜物かぁ」
「ま、そういうことかな。じゃ、いただきます」
「どうぞー」
そして敬介はカレーライスを一口食べ、何故か奇妙な顔をして固まった。
桜の時期は終わって、春らしい色合いの花が増えてきた。
春の花はどことなく可憐で、どことなく華やか。
夏の花も賑やかでいいけれど、春の花は昔から好きなんだよね。
喜美ちゃんはとっくに帰り、後はシャッターを下ろして、レジを締めて……
そんなことを考えながらシャッターを閉めようとしたら、
「ただいまー」
そう言いながら、普通に店に入っていく敬介。
「…………お帰りー」
一応、言ってからシャッターを閉める。
「今日は井ノ原さんいる?」
「親父様は出掛けてる」
「そっか。じゃ、ご飯食べに行こう」
敬介は最近“うち”に帰ってくるようになった。
何がどうしてこうなったんだろう。
たぶん、きっかけは親父様なのよ。
毎朝“いってきます”を言う敬介に向かって、“お帰りも言ってもらえ”とか言ってくれちゃって。
その日から敬介は、まずうちに帰ってくるようになった。
まぁ、晩ご飯を食べに来て、結局は帰るだけなんだけどさ。
何かがおかしいって言うか。
さすがに残業で遅くなった日はうちによらずに、古本屋さんにまっすぐ帰ってるけど……
「今日はカレーライス作ってあるよ?」
「え。あー……でも、井ノ原さんいないんだろ?」
「いないけど」
「……俺に襲われてもいいなら、ご馳走になろっかな」
そう言って、自宅スペースに上がり込む敬介。
……最近は、こんなことも言われ慣れて来たよ?
解ってるわよ。男をうちに上げるなら、それなりに警戒心持てって言いたいんでしょ?
だいたいね、勝手にうちに上がってる貴方の台詞じゃないと思うのね。
そこまで私も無意識じゃないし!
幼馴染みの関係から、ちょっと進歩して“付き合う”ようになった。
けど、だからって何かが劇的に変わるって訳でもなかった。
それでも、変わった事もある。
レジ締めを終わらせて、金庫に売上金を閉まって、セキュリティさんを作動させてから自宅ドアの鍵も閉める。
「敬介くん」
「え。敬介“くん”?」
スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩めていた敬介が、驚いて振り返った。
「私、家じゃ嫌よ?」
ニッコリ囁けば、驚いた顔で固まる。
たまには反撃される事も考慮に入れてくださいませ。
言われるくらいで狼狽える時期は……たぶん過ぎた。
たぶん。
だけど、キッチンに向かい食器棚からカレー皿を取り出して、炊飯器の蓋を開けたところで、やっぱり後ろから吹き出される。
「耳まで赤くなって言われてもなぁ」
「そこは言わないでよ!」
「言うよ。基本的に好きな女はからかうのが男の常識」
「敬介の常識でしょうが。そんなにからかいあってる恋人同士なんて見たことないからね!」
「それは外面の話だろ」
まぁ、そうかもしれない。
恋人同士のからかいあいなんて、端から見たら単なるイチャイチャだし。
そんなことを人目につくところでしていたら、“バカップル”とか、そう呼ばれるんだろう。
考えながら、ご飯をよそって、振り返ると、腕捲りして手を洗っている敬介がいた。
「手伝う」
「手伝うって、カレーかけるだけなんだけど……」
「きっとサラダも作ってると思うから、彩菜はそっちよろしく」
サラダを作ってるって、どうして解ったんだろう。
ぼんやりしていたらカレー皿を奪われて、仕方がないので冷蔵庫に向かった。
キャベツとプチトマトのシンプルサラダ。
それと福神漬けを取り出して、カレーライスを並べている敬介を向いた。
「ドレッシング。和風とオニオンがあるけど、どっち?」
「オニオンがいいな。彩菜は水いる?」
「あ。コップだけでいいよ。お水のペットボトルある」
「了解」
そう言いながら、敬介は食器棚からグラスを持ち、ついでみたいにサラダを受け取ってテーブルに戻っていく。
……手伝う事が当然みたいになってる。
私、何かしたかな?
ペットボトルとドレッシングだけ持って、テーブルにつくと、
「彩菜、スプーン」
「ありがとう」
スプーンを受け取って首を傾げる。
「私、大変そうにしてた?」
「なに。突然」
「え。いきなり手伝ってくれるから」
「はい?」
お互いにハテナを浮かべて首を傾げる。
「ああ……」
先に気がついたのは敬介だった。
「食事のときに運ぶのは、うちじゃ当然だっただろ。洗い物はやんなかったけど」
「そう……だった?」
古本屋さんでご飯はよく食べたけど、運んだりしてたかな?
「うん。ああ、でも彩菜はやらなかった。俺がやってたから」
「そうだった?」
「さすがにあんなチビっ子に重い皿運ばせる程、うちの母親もオニじゃないから」
「ママさんの教育の賜物かぁ」
「ま、そういうことかな。じゃ、いただきます」
「どうぞー」
そして敬介はカレーライスを一口食べ、何故か奇妙な顔をして固まった。