小路に咲いた小さな花
山の空気が美味しいって、ほんとに嘘じゃないよね。

マイナスイオンとか、なんだとか、詳しい難しい事は解らないけど、何だか空気がちがうもの。

空は雲がちらほら見えるだけの青空。

まわりは木々に囲まれた新緑。

タンポポが群生してる原っぱには、レジャーシートを広げた親子連れ。

その中央に、存在感のマックスな満開の桜。

白くて薄紅の桜。

近づいてみると、もっと存在感が増す。

たてに横に広がる枝。

ハラハラと舞い落ちる花びら。

花びらが、一瞬空の青に溶けて、木々の緑に姿を表す。

樹齢はどれくらいだろう。

数十年?

それくらいじゃきかないかな。

太い幹から想像していたら、後ろから羽交い締めにあった。

「こら。一人で勝手に行くんじゃない」

耳元で囁かれて、視線を動かすと、困ったような敬介が見えた。

「彩菜がこんなに桜が好きだとは知らなかった」

「花ならだいだいが好きだよ。そろそろ白木蓮も咲くし、華やかな花が増えてくるよね」

「うん。でも、俺はタンポポも好きだな」

「そうなんだ」

そう言って、二人で桜を見上げる。

見上げながら、肩から伸ばされた敬介の腕に手をかけた。

桜も綺麗で、見ていて嬉しいけれど、なにより背中に伝わる敬介の温もりが嬉しい。

小さく笑うと、

「どうした?」

「ん……なんか、嬉しいかも」

「桜見れたから?」

「ううん。こうしてるのが」

沈黙が落ちて、遠くで子供がはしゃぐ声が聞こえてくる。

さやさやと風に揺れる葉の音。

ひらひら、くるくると落ちていく薄紅。

敬介の腕に思わず頬を寄せると、背後から緊張が伝わってきた。

「どうし……」

振り返ると、真っ赤になった敬介の顔。

目を丸くすると、視線をそらされた。

「え。なに、どうかした?」

「なにそれ無意識?」

「無意識……」

って?

ふて腐れたような、どこか嬉しそうな、困ったような。

そんな視線と目があって。

それから、すっと目を細められる。

「まぁ、いいか。生まれた瞬間から参ってるんだし」

「は───……?」

塞がれる唇。

重なりあう柔らかな温もり。

抱き締められる腕の力強さと、微かな息づかい。

……何だか心地いい。

心地いいから、目を瞑る。

でも……

心地いいけれど、ど、どうしよう?

このまま? このままでいればいい?

慌てたのが伝わったのか、小さく笑われる。

笑われたけれど、離れない唇。

それどころか、僅かな隙間から柔らかいものが入ってきて舌を絡めとられた。

「んぅ……」

ど、どうすれば?

何かをする? 何すればいい?

そっと近づいてみると、逆に離れていく唇。

「……教育上、よくないみたいだ」

「え……」

敬介の視線の先を辿ってぎょっとした。

そこにあったのは幼い満面の笑み。

ニコニコして、わくわくしている、楽しそうな子供の顔。

「お兄ちゃんたち、愛し合ってるの?」

思わず敬介にしがみつくと、小さく吹き出すのが聞こえた。

「そうだよ。愛し合ってるんだ」

何を唐突に言い出す?

だけど、男の子は満足そうに頷いている。

「うん。僕のお父さんとお母さんもだよ。いつもチューしてるの」

「そうなんだ?」

「お父さんは僕のオデコにチューだけど、お母さんは頬っぺたにチューするんだ。とっても親しい人のご挨拶なんだって。愛してるチューはお口なんだって!」

ニコニコ無邪気に言う男の子を見下ろして、敬介は私を手放すと小さく頷き返す。

「そりゃー。素敵なお父さんお母さんだな。坊主」

「うん! お母さんには、本当に好きな女の子以外にチューしたらダメって言われてるけど……」

「す、すみません!」

男の子のお母さんが走ってきて、彼を横抱きにして抱えると、

「すみません!」

そう言って、走り去っていった。

「…………」

「…………」

お互いに顔を見合わせて、それから同時に桜を見上げる。

それからやっぱり同時に吹き出した。
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