溺愛宣誓

私の眼前にあるのはローストビーフの盛られた小皿などではなく、ローストビーフを掴んだ箸だった。


エ?


「ほら遠慮しないで。カノの好きなローストビーフだよ。」


え?いや…遠慮っていうか……

こ、これはもしや俗に言う『あ~ん』ってヤツでしょうか。

こんなのフィクションの世界にのみ起こり得る事だと思っていた。

しかし戸惑いの素振りもない織田さんを見るにこれってリアルでも極普通に行われるカップルの嗜みなのかっ!
……な?

そうだとしても私にはスキルが高すぎる……

どうにも羞恥が拭えずパクッと行けない私に、織田さんははっと何か重大な事を思いついたみたいに目を見張った。


「あっ、ひょっとして租借か!?もっと食べ易くしてあげないと食べられないんだな。」


はぁぁ!?租借、ですとな!?

そんな子牛や赤子じゃあるまいに!

いや、これは織田さん流の冗談なのかな?

しかし織田さんならばやりかねない気がする。

ハードルどころか高跳びレベルに引き上げられそうなスキルに慌てて、私は勢いよくローストビーフに飛びついた。


「おいしい?」


もぐもぐしながら織田さんの問いにコクコク頷く。

いや、もう恥ずかし過ぎて味なんて分からないけども。

もっちゃ、もっちゃ、もっちゃ…………

しかしなんたる選択ミス。

筋が噛みきれなくて、焦って噛めば噛むほどお口の中のローストビーフが味のないガム的な何かになっていく。

…どうしよう。呑みこめない。

ナプキンにペッしたい……。

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