東京血風録
これは余談であるが、霧華には彼氏がいた。
この男、日本海側、富山だかそちらの方面の出身で、なんでも格闘技の道場の師範代にして、跡取りだそうだ。
が、しかしその座を蹴って、霊感があるとかで、格闘技からなる体術と霊媒を掛け合わせた新しい技法なるものを考案し、東京に事務所を開設していた。
その影響がというか、唆されているのではないかと、心配甚だしい。
ただ、霧華ほどの才女が勝算もなく、その様な奇行に走る訳もないから、何がどうなっているのやら、さっぱり判らん。
遥も常々ぼやいておるが、ネーミングのセンスの無さと何屋だかもわからぬ得体の知れない入口のカッティングシートの羅列で、人が立ち寄る気概を削いでいるのは間違いない。
当然、閑古鳥が啼いておるわ。
と、そこへ依頼を持って来たのが、学校関係者からこれまた依頼を受けた、加倉井荘司(かくらい そうじ)であった。
そんな仲介業があるもんじゃろか?と、
疑いたくもなるのだが、怨霊・悪霊めいたものの被害を受けているを捜し当てては、
それを撃退・駆除する者を仲介することを生業にしておった。
加倉井は言う。
「この案件を、霧華さんのような方へ依頼できこと、誠に光栄至極であります」
この男、まだ25~6歳のはずだが、その物言いや仕草が妙に歳に似合わぬ物言いである。
こざっぱりした髪型に銀縁眼鏡、シックな装いは藍色に白のストライプのダブルのスーツだ。
前傾姿勢をとかず、ソファーに浅く座り
霧華の言葉に耳を傾けている。
霧華が返す。
「あら、加倉井さん、三島木さんと知り合いではなくて?」
「大学の同級生で腐れ縁てヤツですよ。あいつに仕事を回すくらいなら、この件キャンセルしてますよ」
加倉井は淡々と云う。
「まぁ、そんな仲でしたの?」
こんな時でも、霧華の鷹揚さは変わらない。
自分の彼氏、三島木 怜一(みしまぎ れいいち)の事を言われているのに、だ。
「あんなインチキ臭い事務所はないでしょうよ」
かなり卑下したつもりだったが、霧華は笑顔のまま見つめ返してきた。
その純真な眼差しに気圧され、加倉井は思わず目を逸らした。
一つ、深呼吸を挟んで、加倉井が続けた。
「たしか、初陣でしたよね?」
加倉井は笑みを浮かべて問う。
キリッとした顔で、霧華は頷いた。
「いい案件だと思いますよ。本当は遥君にもお逢いして、挨拶だけでもと思っていたのですが、まぁ仕方がないです」
これが、自称浄霊コーディネーター・加倉井荘司とのファーストコンタクトであった。