東京血風録
摂津秋房(せっつ あきふさ)。
私立伽藍学園生徒会長。
先ほど、職員室横の応接室で会った。
その男の顔があった。
伽藍学園の詰め襟は、ボタン式ではなくジッパー留めで、ジッパー回りに黒地の縁取りがしてある。
ディープブルーの制服の色との組み合わせは、抜群のセンスだ。
しかも、細身で長身な為しゅっとした感が際立っている。
薄灰色の流した髪と端正な顔立ちで、凛としていた。
摂津の姿を見留めたからか、鬼児はバタバタと手足を動かし、キィキィと小さな鳴き声を出しながら、口をパクパクさせていた。
「困るなぁ、本当に」
流暢な摂津の言い草である。
ゆっくりとした足取りで摂津は歩き、鬼児の側へと立った。
「転入生・王道遥君だったっけ?初対面でなんだが、コレはやり過ぎじゃあないか?」
流暢さは変わらず、少しの怒気が含まれていた。
階下の喧騒とは比べものにならない、時の流れと倦怠感。
「これからもっと面白くなるはずだったのにさ~」
摂津がゆっくり鬼児を引き戻すと、鬼児は乳房に食らいつく赤子のように、摂津の胸へと辿り着くと、穴を掘るような仕草で摂津の胸の中へ潜ったかと思うと、そのまま霧散してしまった。
その行為をみすみす見入ってしまった遥は、一瞬行動が遅れた。
というのも、摂津が左手で虫を払うかの如く、横薙ぎに払ったからだ。
顔を狙うそれを、ダッキング(頭を屈めて交わす防御方法)で交わそうとしたが、左側頭部に当たってしまった。
頭を横殴りされたかのように、頭から体ごと持ってかれた。
凄い衝撃に、遥は身体を1回転させ受け身を取りながら、地べたに這いつくばった。
遥は知っておろうか、儂を握っている時に限られるが、遥の体の回りに儂は防御壁を造ることができた。
これまでも2度ほど遥の身体を守ったことがあるのだが、遥は気が付いておるのかないのか。
このくらいの衝撃で済んだのも、実は儂が遥の頭に防御壁を造ったからである。
受けた儂でさえ、凄い衝撃だったのだから遥は大丈夫かの。
きっ、と顔を上げた遥の顔にはこめかみと口元から血が出ていた。
「面白いモノ憑いてるなぁ」
さも、つまらなそうに呟きながら、
「剣鬼だっけ?出来損ないめ」
摂津は軽く眉間に皺を寄せた。
(相手が悪い!鬼の王なるものと戦ってはいかん!分が悪過ぎるわい!)
心の中で叫んだものの、逃げ切れる保証などはない。
どうしたものか逡巡していると、遥は立ち上り儂を構えていた。そして、
(僕は逃げないよ。僕達で勝とう)
と、自身を鼓舞するように訴えてきた。
応えてやらねばなるまい。
あの遥の意志なのだ。
前へ前へ進もうとする気持ちには、応えてやりたい。
正眼の構えから、摺り足で距離を詰める。
摂津はその場に立ち尽くし、両腕をだらんとしていた。
距離が詰まる。5メートル、4メートル、3メートル、踏み込めば届く距離に入った。
左前で斜に構える摂津の眼は、じっと見つめていた。
冷淡で。冷徹で。冷静で。
底知れぬ恐怖がある。
立ち方が無防備なので、遥が踏み込んだ。
一撃必殺の面、である。