月に一度のシンデレラ
プロローグ
万里子とマリカ
「じゃ、母さん、行ってきます」
「はあい。行っといで」
玄関のドアに手をかけながら、もうすぐ小学校4年生になる最愛の一人息子に声をかけた。
「ヒロ、いい子にしてんのよ」
「俺がいい子じゃなかったことなんてあったかよ」
最近生意気な口をきく。
「お土産、プリンね」
そう言った時の目の使い方。それに、唇の端をクイッと持ち上げた表情が、とうに面影すら忘れたと思っていたこの子の父親に驚くほど似ていた。日ましに似てくる。女癖の悪さは似ないと良いのだけど。ドアを開けると母が言う。
「寒いよ。手袋いる?」
「いらない。大丈夫」
私は戸外に出た。満月がポッカリと浮かんでいた。
寒い。確かに。100mほど歩いたとき、既に後悔していた。手袋を取りにもどろうか…。
しかし私は思い直した。
急ごう。1分でも早く電車に乗って、この街を出たい。
今日は特別な日。月に一度の特別な私に生まれ変わる日。
「万里子」が「マリカ」に変身する日なんだから。