月に一度のシンデレラ
「……良太! おい、この色男!!」
耳元で大声を出され、俺は眉間にシワを寄せた。隣には先輩社員の矢川がいた。
歳は3つ違い。俺が中学の頃からのクサレ縁で、この会社には彼に誘われて入った。彼のことはヤッさんと呼んでいる。俺が呼ぶもんだから、ヤッさんという呼び名は今では社内のほとんどの人間に定着した。
ヤッさんを「動」とするなら俺は「静」。性格こそ真反対だが妙に気が合う。実の兄弟のようだと周りには良く言われるし、俺自身もそう思う。
今日は土曜日。本来だったら休みのはずだが、ヤッさんからの早朝の電話でたたき起こされて休日出勤だ。月曜に二人で訪問する企業への提案資料は既に出来上がっていたが、新しい切り口を思いついたという。ゆうべ、布団の中で。
「カミさんのおっぱい触ったらペチーーンってひっぱたかれて、そしたら急に思いついてよ」という情報は、特に必要なかったが。
まあ、営業はスピードが命だから、たまにこういう日があるのは仕方のないことだ。フロアには同じく急な仕事を抱えた社員が数人いた。
「ボーっとしてんじゃねぇよ。飯行くぞ、飯!」
「…いきなり耳元で怒鳴ることないだろ…」
「何度も何度も呼んでるのに答えないからだろ。寝不足のツラしやがって」
「ヤッさん」
「なんだ」
「鼻毛出てますよ」
そうか? 俺の嘘を真に受けて鼻の穴に指を突っ込んでいるヤッさんより先に、俺は部屋を出た。彼はデカイ図体に似合わぬ小走りで後をついてくる。