溺愛クルーズ~偽フィアンセは英国紳士!?~
ぎゅっと抱きついたら、部屋のドアが開けっぱなしなのが見えた。
傷ついたような顔をして私を見る自分勝手な甲斐を見たら、百年の恋も冷めた。
や、これは恋じゃなかったのかもしれない。
甲斐は、私をこんな風に何物よりも優先にしてくれたことなんて無かったのだから。
心で泣いていても、抱きあげてくれたのはあのバスケの試合の時が最初で最後だったから。
「しまった。船に入場する時は流石に抱き締めていたら、駄目かも。でも、服を買いに行く時間もないしな」
「へ? 船? 服?」
ぱっと顔を上げると、長い睫毛の奥の切れ長の翡翠色の瞳とばっちり目が合ってしまった。
高くて整った鼻梁。ぶつかりそうになってすぐにまた顔を俯ける。
「君が日本に戻りたいと言ったから、一緒に船に乗ってもらおうと思ってね」
「船に!?」
「特別に君を俺の船に招待するよ。普段はヨーロッパを中心にクルーズしてるからこれが最初で最後になると思うよ」
もしかして。
さっき言っていた、あの豪華客船?
俺の船ってこの人。
覚悟を決めて顔を上げると、彼は優しく笑った。