君と花を愛でながら
しっとりと濡れた唇同士が触れ合っていたのは、ほんの数秒。
小さく啄む音をさせて柔肌が離れてから、閉じていた瞼が開いて至近距離で視線が絡む。


その時になって今更心臓がどきどきと鳴りはじめて、片山さんがにっと笑った。


「これで嫌でも意識するでしょ」


笑ってそう言った顔が、ほんの少し罪悪感に責められているような気がしたのは気のせいかな。
バツが悪そうな、何かを誤魔化す笑顔だった。


「どっか涼みに行こうか。二人とも汗だくだし」

「あ、うん……はい」

「うんでいいよ」

「……うん」


何事もなかったように私の手を引く背中を半歩後ろで見ながら、唇に指で触れる。


「……」


確かに、触れあった。
キスだった。


思い出すと、恥ずかしくて心臓が忙しい。
だけどその反面、急速に冷えていく感情もあった。


随分、簡単に済んでしまうものなんだ。


ドキドキはしたけれどそれは馴れないことへの気恥ずかしさでしかない。
小説や漫画の中の主人公みたいに、何か特別な感情が生まれるものなのかと漠然と思っていたのかもしれない。


< 190 / 277 >

この作品をシェア

pagetop