君と花を愛でながら
「えええそんなことはないですよ」
「顔緩み過ぎじゃない?」
呆れた声でそう指摘され、きゅっきゅっと自ら頬を手で押さえて誤魔化した。
あの日私は確実に振られた……というか。
キスだけして、パニックになった私は後片付けも忘れて逃げ出してしまった。
一晩悶絶して、翌朝ドキドキしながら出勤したけれど、一瀬さんは全く普段通りでほっとしたようながっかりしたような、兎に角複雑で。
私は自分のしてしまったことに、後悔の方が強くなりかけていたのだけど。
だけどその後は時々、何もなくても朝に早く店に降りて来てくれるようになったのだ。
朝、店に着いて扉を開けると、珈琲の香りが漂ってくる。
そんな日は、必ず一瀬さんが開店準備を済ませてくれていて、片山さんがケーキを持って出勤するまでの間、二人でぽつぽつと話しながら珈琲を飲む。
内容は花の仕入れの希望を聞いてくれたり、いつもの仕事の延長みたいなもの。
ただその程度の会話だけれど、並ぶ銀色の水入れに溢れるたくさんの花を眺めながらのその時間は、私の宝物となった。