君と花を愛でながら
気づいてもらうこともなく終わりを告げた私の初恋は、ただただ甘いだけの、悠くんの横顔を見ただけで怖気づいてしまう程度の余りにも幼い恋心だったと、私が知るのはもう少し後のこと。


この時はただ、一瀬さんがくれたホットチョコの温もりと甘さにぼろぼろと涙が零れた。
洗い物をする、ざあざあと水の流れる音とかちゃかちゃと食器が触れ合う音をぼんやりと聞きながら。


―――やっぱり、マスターは優しい人だった。


私の泣き顔を見ないフリをしてくれているのだと気付いたら、ほんの少しだけ涙が引っ込んだ。


「泣くのを見られるの、二度目です」
「何か、おっしゃいましたか?」


きゅっと蛇口をひねる音がして、水が止まった。一瀬さんが、ちらりと私を一瞥して問い掛ける。


「いいえ、なんでも」


きっと、覚えてなんていないと思う。
あの日はまだ、私はただのお客でしかなかったから。



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