君と花を愛でながら
「びっくりした……賑やかですね」
「今日は、この先の大学でオープンキャンパスがあるらしいです。そのせいですね」


私の言葉に、カフェオレを運んでくれた綺麗な男の人が応えてくれて、思えば家族と悠くん以外の人と話をするのは、これが久しぶりだった。


「はい、私も今から行く予定で……ちょっと寄り道しちゃって」
「そうでしたか」
「いいなあ、元気いっぱいに、飛び出す寸前って感じ。大学生になるのが楽しみで仕方ないんだろうなあ」


一年前の私って、あんな感じだった。
すっかり、飛び損ねちゃったけど。


卑屈になっていく私の気持ちが、伝わったのかどうかはわからない。
けれど、マスターがくれた言葉が固くなった私の心をほぐしてくれた。


「そうですね、でも。時には立ち止まって道を眺めながら、ゆっくりとお茶を飲む時間を持つのもいいですよ」


私の事情など何も知らないのに、立ち止まってもいいのだと、言ってくれた。
それまで誰の言葉にも応えなかった心が、まったく知らない人との会話だったからかマスターの雰囲気がそうさせたのか。


言葉が胸に沁みて、カフェオレを手にもつと手のひらからもじんわりと温もりが伝わって。
気が付いたら、涙が零れてた。


一度その場を離れたマスターが小皿にチョコレートチャンクのクッキーを運んできてくれたのは、多分私が泣いてたからだったんだと思う。


帰りがけにアルバイト募集の張り紙を見て後日応募してこうして働き始めた今、そんなサービスはしていないと今ならわかるから。


私はこの日確かにこのお店に救われたのだけど、一瀬さんは全く覚えていないだろうから今はまだ、私しか知らない内緒の話。




チョコとパンジー
End

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