あと、1ページだけめくって
制服を軽く着くずし、静かな足取りで図書室へ入ってくる。綺麗な漆黒の黒髪に目を奪われた。
まるで本の中から飛び出してきたような外見だ。すらっと伸びた足がこちらへ方向を定めて歩いてくる。
「え、ええ……!」
私は非常にテンパっていた。図書室で誰かと出会ったことは数えきれるくらいしかない。掃除をしに来た事務員だったり、委員会の先生だったり。生徒なんて論外だ。しかもこんなルックスの整った相手なんて。近づく足音に私は必至に胸を落ち着かせようとした。
こんなときはあれを思い出すのよ私。そう、私だけの王子様。いつも笑顔で優しくて、とびきり甘い彼のことを。彼だって容姿は充分整っているじゃない。別のイケメンを目の前にしたって彼に毎日出会っているんだから免疫はあるはず。
呪文のように言い聞かせ、目の前に迫った相手へ視線を向けた。
「こ、こんにちは。今日は本の利用ですか?」
決まった台詞を問いかける。今の私は受付係。それに徹しればいい。
「……いや、静かに眠れそうな場所を探して来たんだけど。ここで寝てもいい?」
「え? ええ、駄目ではないと思いますが……」
予想していた返事とはまったく違う変化球に戸惑った。でもよく考えてみれば目の前のイケメンが読書をするようには見えない。
堂々と図書館での居眠り宣言に困り顔でうなづくと、少年は無言で図書室の奥へ進んで行った。それを見てつい私は声を上げる。
「あの! 眠るなら一番奥の席がいいと思います。その、風がよくあたるので気持ちいいかと……」
話しているうちに余計なお世話だと気づいた。だんだん声が小さくなっていく。うつむきそうになった時、相手が小さくうなづいたのが視界の隅に写った。
「どーも。それならそこで寝てみる」
「は、はい、どうぞ」
慌ててうなづき返した。視線が交じり合って、相手の少しだけ青い瞳に吸い込まれる。魅惑的な色を隠したその瞳に、私は心臓が大きく鳴ったのを感じた。