月下美人が堕ちた朝
この運転手のような苦労をしなくて済んだのだから。
プライドの高いスバルには、耐えられないだろう。
あたしは運転手に対して、同情にも似た気持ちを抱いてしまう。
この人は今、幸せなのだろうか。
バッグミラーからあたしに視線を向け、答えを待っている。
その瞳は、世の中の見なくても良い部分を散々見せ付けられてきたような、曇り空のように見えた。
あたしは彼に行き先を告げる。
スバルとの二年間の思い出が詰まってる、あの部屋だ。
スバルの遺体がある、彼の実家の場所を、あたしは知らないのだ。
仕方のないことだ。
結婚しようだとか、二人の子供が欲しいだとか、そんな口約束や理想は、現実に繋がるほど強くはないのだから。
スバルはあたしを一度も実家に連れていこうとはしてくれなかったし、自分自身でも求めてはいけないことだと分かっていた。