月下美人が堕ちた朝
ステンレスの流し場に煙草を押し付け、引き出しから包丁を探す。

どんなに厚い肉でも簡単に切れる、人気商品だ。

先月、アヤねぇに勧められて買ったばかりで大切にしていた。

しかし、いつもの場所にそれがない。

昨日ここでトマトを切っていたはずだ。

それなのに、どこにもない。

スバルとの別れ話のせいで、どうやら本当に昨日の小さな記憶は消滅してしまったらしい。

無理に思い出そうとすると、頭が痛み、立ちくらみまでする。

あたしは諦めて、切味の悪い小さなフルーツナイフで皮を剥き始める。

真っ白な果肉は、まだ少し若いような気がした。

だけど今食べないと、腐らせてしまいそうな気がして、あたしはその場で口に入れる。

甘い。

だけど、苦い。

独りで食べる桃は、甘いのに苦い。

あたしは何かにとり憑かれたように、一気に二つ食べ終えて、その後に全て吐いた。

気持ちが悪い。
< 26 / 196 >

この作品をシェア

pagetop