月下美人が堕ちた朝
その声に反応したカズヤが、あたしに振り返って走り出した瞬間、悪魔がヒトにのりうつる瞬間を見た。
少年は鬼のような顔をして、カズヤの右肩にカッターナイフを振り落としたのだ。
あたしはもう声すら出なくて、蹲るカズヤの姿が幻のように見えた。
長髪の男は、カズヤの背中にランドセルを投げて言った。
「やればできんじゃん」
その言葉で、あたしの手首は解放されて、五人の悪魔は笑いながら足早に去って行った。
少しだけ離れた場所から、あたしは何度もカズヤの名前を呼んだ。
苦しくて、哀しくて、この場所へ連れてきた自分を死ぬ程憎んだ。
カズヤは言った。
「良かった、アミが怪我しなくて」
その後、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
だけど次の日の朝も、カズヤはいつも通り手を繋いでくれた。
あたしはこのとき、初めて本物の痛みを知ったのかもしれない。