清水坂下物語

法華経研究会

次の晩、法華経研究会の理学部の鈴木が友人の医大の涌井と
民青の竹内とをつれて修の部屋に来た。竹内に涌井と鈴木が

「宗教は決してアヘンではない。マルクスが言ったのは
当時の形骸化した欧州のキリスト教のことだ。もし法華経
を知っていたらこういう言い回しはしないはずだ。

マルキシズムには必ず人間性を抑圧する限界が来る。
もっと謙虚に人間の精神、内面性を追及すべきだ云々・・」

難しい話だ。竹内は親の代から共産党で、農村出身の親父が
都会のエリート共産党幹部宅を訪ねた時、その蔵書に圧倒されて、

親子2代、親父期待の一人息子が党内で頭角を現すことを夢見て
きたその親父。親思いの息子は必死でそれに報いようととしていた。

修は今年法華経研究会に入会したばかりだったが、年齢がかなり上
ということで18歳の鈴木や涌井達はしょっちゅう出入りしていた。

そういうわけで、若林一家の安アパートの一室はいつも誰かがいて
酒を飲み歌を歌い、子供をあやしながらの楽しい青春の穴倉であった。

12月にはいった土曜日の午後、又鈴木と涌井が竹内を連れてきた。

「な、竹内、六全協で方向転換したんや。修正マルクス主義、一国
だけの共産主義て姑息やで、法華経のほうが普遍的でグローバル
やと思わんか?」

鈴木健一が必死で説得している。鈴木はおばあちゃん子でくりくり
とした童顔、竹内とは高校時代からの友人だ。

「親の期待通りに歩む人生か?自分の人生は自分の足で
がっちりと歩むんやと思うけどな」

語り疲れたかのように鈴木は天井を見あげてつぶやいた。
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