甘やかな螺旋のゆりかご
もう、初めからこういう家庭だったとでも錯覚するほどに、普通の生活が難なく送れていた。
兄が、眠り姫ではなくなった。
――……兄は、眠り姫ではなくなった。
けれど、今度は眠れなくなってしまった。
父や義母には秘密にしてくれと、まだ同じ部屋で寝起きしていたわたしが気付くと兄は言った。怖い夢をみて二段ベッドの上で眠っているはずの兄のところに潜り込もうとした夜の出来事。眠れない兄の呼吸は少し浅くて儚かった。目尻には涙が溜まり。
夜中に、一度目を覚まし確認するようになって、続いているのだと知る兄のそれ――毎日や週に一度のような定期的ではないにしろ、子どもが夜眠れないなんて大人以上によろしくない。それくらいしか理解出来なかったけれどそれくらいはわかる。
翌日、朝、兄は食欲がなく、体育の授業では転んでばかり。校庭での光景、わたしはそれを校舎の二階から見つめることしか叶わない。一度、授業の最中、兄のところに行ったら、驚いた兄はいつもより派手に転んでしまったから。
両親に話してしまいたかった。けれど兄はやめてくれと言う。わたしだけとの秘密だと。
兄の気持ちは頷ける。眠り姫で散々心配をかけ、今度は眠れない。決して、今の家族の生活が嫌なわけではないのに出てしまった異変。もし…………両親が悲しんでしまったらどうしよう。こんなに幸せなのに。泣かせてしまったらどうしよう。もう沢山そうさせてしまっている。なくしたくないんだ。今、とても幸せなんだ。自分が原因で壊したくはないんだ。
兄はきっと、怖くて。おそらく。
以前は、逃避としての睡眠、眠り姫。寝ている間に全て解決、現実が夢での出来事であってくれたらとも思っていたのかもしれない。逃げたかったのだ。当然だ。
今は、この幸せが、起きたら消えてしまっている、マッチの灯の中の夢だったらと恐怖したのだ。それくらい幸せだと、小学生に伝える能力はなかった。