甘やかな螺旋のゆりかご
――……
「……………………っぁ……」
「っ、大丈夫? 兄さんっ」
「あ……」
「喋らないでいいわ。無理しないで」
「で……も……」
「苦しい? 喉が渇いてない?」
時刻は日付を越えていた。本当は兄の部屋まで運んで行きたかったけれど、女ひとりの力で成人男性を担げるはずもなく。一旦落ち着いた兄を引きずってリビングのソファに横たえ眠らせたのだ。そうして数時間後のそんなとき。
ペットボトルに入った水をストローで飲ませると、顔色が僅かに良くなった気がした。ソファに横たわる兄の顔と同じ高さから兄を見つめるわたしは、床に座り込んだまま。
やがて、この状況訊ねようとしたけれど、兄にそんな余力はまだなく。その口元の動きだけでわたしは答えた。
兄が眠っている間何度も考えた最良の言い方を、ゆっくりと伝える。
「覚えてない? 突然ね、過呼吸になったのよ。今から救急行こうか?」
その必要はないと。目線で返される。
「うん」
ありがとう、と、兄から伝わってくる。
「……馬鹿。原因は、わたしでしょう?」
わたしの言葉に、兄の顔がどうしようもなく歪んだ。
わたしを抱きしめたあと、兄はその場で崩れ落ち、そして過呼吸の症状に陥った。過去に一度だけ大学でそうなってしまった友人がいて、その際に知った民間療法を試したら兄は落ち着いてくれたけれど。慌てて救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出したわたしの震える指を、意識の朦朧とした兄が止めた。大丈夫だからと苦しげに笑い、そのまま意識は沈んでいってしまった。
大丈夫だなんて言われても。けれど兄がそう言った。けれど兄を失ってしまうかもしれない。でも兄が大丈夫だからって――情けないわたしは、兄に言われた通りの行動しかとれず、ソファに運んだ兄の傍ら、死なないでと泣くことしか出来なかった。
兄の手が、冷えたままでなくゆっくりと、いつもの温もりに近付いてくる。緩めたネクタイの隙間から覗く首筋や額には嫌な汗が玉のようにあったけれど、それも少なくなっていく。けれど意識は戻らない。
ごめんなさいごめんなさいと、気付かれないのをいいことに、わたしは泣き泣き謝罪した。
そうして、神にも祈る。