甘やかな螺旋のゆりかご


――――――
――――
――




「お姉ちゃんっ」


「っ」


「ほ~らほら。そろそろ現実に戻ってきて?」


「っ、あっ……ごめん」


おそらくずいぶん長い時間トリップしてしまっていたと思う。ダイニングテーブルに肘をつき、ぼうと座り込むわたしの眼前には妹の手のひらが。その後ろには、もうすぐ焼き上がりそうなガトーショコラの匂いがオーブン内から漂ってきていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


時刻はもうすぐ日付を越える頃、可愛い可愛い中学生の妹は、来たる明日のバレンタインを、受験よりも重きを置いて迎えようとしている。人生で初めて作るガトーショコラを、友人たちを隠れ蓑にして、本命くんにも渡すらしい。


わたしの目の焦点が合ってきたのを確認してから、妹はオーブンの中のガトーショコラを心配そうに見つめる。父と義母がわたしのために買ってくれた大きなオーブンは、一度にケーキを二つ焼ける余裕のある大きさで、今も、妹に教えるついでにわたしのものも焼いている。


オーブンの中、妹のガトーショコラは、明らかにわたしのものより膨らんでいないけれど、それは経験の差なのだし仕方ない。スポンジ生地よりごまかしが効くから問題のない範囲。それでも悲しげにそれを見つめる妹は本当に可愛くて、遅い初恋を知った今はより愛らしい。


妹を見つめながら、何故今、こんなに昔ばかりを振り返ってしまったのか判明した。良かった。走馬灯のようなものだったらわたしは明日死んでいるかもしれないから。


妹を見つめながら、初めてケーキを焼いた中学生の頃の自分を思い出したのだ。友人たちを隠れ蓑にすることもせずに兄へと贈る初めて作ったチョコケーキは、固くて苦くて最悪で、それでも兄は全部平らげてくれた。――あれからもうすぐ十年。社会人になった今はケーキを上手に作れるようにはなったけれど、それ以外は何も変わっていないなと、苦笑いなのか満足感からなのか、わたしの結ばれた口元は上を向いていた。


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