甘やかな螺旋のゆりかご
焼き上がったガトーショコラを取り出し落ち込む妹を励ましていると、今日は遅くなると連絡のあった兄が帰宅した。廊下を歩いてくる足音で、いつもより酔っているのだと予測する。
普段はわりと大人しい兄は、今日は陽気に酔えているのか、下の妹に五割増しで絡む。酒臭いと言われながらも、わたし同様この年の離れた妹が可愛くて仕方のない兄は嬉しそうで、デコピンなどをかましている。
外は寒かったろうと、猫舌さんに適温のお茶を用意してみると、兄はそれを美味しそうに口に含んでくれる。わたしはこうして兄の世話を焼くのが、もう生き甲斐になってしまった。煙たがられるまでは続けさせてほしい。
今年のバレンタインは土曜日で、兄がお土産だと渡してくれた紙袋には、会社で貰ったのだろう一日早いバレンタインのチョコレートが幾つか入っていた。毎年毎年、兄はそれを興味なさげに処分を頼んでくる。わたしはそれを、毎年毎年、義理だけなのかそうでないのか見分けようとするけれど、はたして兄は、本命を紙袋に入れておくかは不明なまま。
「要らないから二人と母さんで食べてくれよ」
「誰から貰ったか、ちゃんと控えたの?」
「いや~。全く~」
「駄目よ。女子社員を敵に回すことになるから、これは一旦預かっておくわね」
これくらいで傷む心はとうになくなった。兄が、社内で今後円滑な人間関係を保てるほうに集中するのは、これももう何度目だろうか。
「おっ!? ここにもチョコレートがあるじゃないか。だから起きてたんだな。てっきりお兄ちゃんを待っててくれたのかと思ったよ~」
脳内で色々と算段している間に、兄はようやく妹たちが深夜キッチンで動いている理由に気付く。まだまだ酔っぱらいな兄は、下の妹に焼き上がったばかりのガトーショコラをねだっていた。可愛く両手を差し出しながら。