甘やかな螺旋のゆりかご
「好きな人いて、その人とは大丈夫なんでしょ?」
「うん。わたし大丈夫だった。……けど、その人はわたしにそういうふうには触らない、触れない人だけどね」
「昔の聖職者みたい」
「ある意味そうかもね」
「その人しか駄目なんでしょ?」
「そう、ね。けど、わたしの気持ちだけでは駄目だものね。――いいのよ。もう今のままが一番いいってわかってるから」
そのやりとりに僕は逃げ出したくなる。いつか彼女が誰かと想いを通わせて、もう手の届かない場所に行ってしまったら、僕は……。ならば早いに越したことはない。早く僕のほうから離れればいいだけのこと。
……“それ”が、僕であるはずは、ない。そうでなければいけない。
もう、彼女に迷惑はかけたくない。
けれど、僕には彼女が必要で。
甘んじて、しまっている。
仕事終わりの気軽な一杯のつもりが、僕はこんなところで勝手に苦悩する。遅い、遅いな。同僚はまだだろうか。早くその能天気な会話で泥沼から引っ張り上げてくれないだろうか。
助けを求めながら、それでも僕は耳をすます。
それがないと、眠りにつけない夜もある彼女の声に。
グラスを傾け、合間に何かを咀嚼しながら会話に興じる彼女は、誰かを愛おしげにまだ語っていた。その内容は楽しくもないことで……彼女が、好きな人以外と肌を合わすことの出来る方法を探っていた。
「もし、その人が何かトラブルに巻き込まれて、もう自分や今の周囲だけでは解決なんて出来なくなって。そうね……例えばわたしを何処ぞの権力者に差し出せばその人が救われる、とかなら、可能かも」
「何それっ。結局彼が絡まないといけないじゃない」
「呪いよ呪い。毎分毎分三万の細胞が死んで新しくなってるっていうのに、気持ちはもうずっとこんなだもの」
「馬鹿ね……まあ、男が駄目なら女も試してみたらよくない? いつでも協力するから。ちなみに、あたしどっちもいけるんだ」
「――、知らなかった」
「試しにあたしを好きって言ってみれば? 変われるかもよ」
「嫌よ。変わりたくもないし。――生涯、わたしはひとりにしか好きって言わないのよ?」
その宣言に、
燻らせたまま仕舞いこんだ記憶が甦った。